第229話 背中を、頼みます(ユズリハ視点)
彷徨える白髪吸血鬼の本体とやらは、強いなんてもんじゃなかった。
なにしろ、大陸中で間違いなしに最強の二人──スズハの兄と大人モードのうにゅ子が本気の全力で攻撃しまくっているのに、斃せそうな気配すらないのだ。
吸血鬼の攻撃方法は極めて単純。
祭壇を中心に夥しい量の魑魅魍魎を召喚し続け、こちらにぶつけてくるというものだ。
しかもその一体が、並の悪魔よりも強い。
結果ユズリハやスズハでは、押し寄せる悪魔にも苦戦することとなるのだが──
「……あの二人、マジでバケモノなのだ……!」
呟くツバキの声に内心で同意する。
大陸最高峰の騎士団ですら一体を相手取るのも大変な魑魅魍魎を、どうしてワンパンで秒殺し続けられるのか。
──思い出す。
スズハの兄と出会った頃、似たようなことがあった。
周囲を精強に組織化されたオーガに囲まれて、大樹海で三日三晩戦い続けた記憶。
その時も、スズハの兄はワンパンで倒しまくっていた。
けれどその時のオーガとは、強さのレベルが違いすぎる。
はっきり言って、たった数体でも都市国家程度なら軽く滅ぼせる。それほどの敵。
(わたしも随分、スズハくんの兄上に鍛えられて強くなったと思っていたが──!)
もしもスズハの兄と出会う前、
(自分は、スズハくんの兄上と出会う前と比べて、もの凄く強くなったんだ。だから今、こうして生きていられる)
それでも戦況は、なかなかに厳しい。
なにしろ召喚される魑魅魍魎の数が、およそ桁違いなのだ。
「──ユズリハさん!」
「っ!?」
スズハに鋭く制止され、自分がほんの少しだけ突出していたことに気づく。
「す、済まない!」
これだけ厳しい状況だと、ほんの僅かな油断が致命傷となる。
ユズリハは思う。
スズハは普段ただの兄バカだが、こんな極限の状態できっちり兄をサポートできるよう、目配りできる能力を持っていると。
では自分は、スズハの兄に対して何ができるのかと──
そんな風に自己嫌悪の泥沼に落ちかけていた時。
「ユズリハさん、お願いがあります」
正面で戦っているスズハの兄から声がかかった。
今は五人が団子になって、敵の圧が強い正面を正面がスズハの兄とうにゅ子が受け持ち、それ以外をユズリハたち三人が受け持っている。
うにゅ子のように、スズハの兄の横に並んで戦えない自分の実力が、悔しくて堪らない。
けれどそんなことは悟らせまいと声を張る。
「なんだ?」
「この戦い、かなりの長期戦になると思います。恐らくオーガの時と同じか──もしくはそれ以上に」
生唾を呑む。
オーガの大樹海では、三日三晩戦い続けた。それ以上の長さになるというのか。
「ああ。それで?」
「ですので、ユズリハさんに──背中を、頼みます」
「……なにっ……?」
一瞬、自分が何を言われたのか分からなかった。
けれど脳に理解が及ぶと、戦闘中にもかかわらず圧倒的な幸福感が体中を駆け巡る。
つまり、それは、スズハの兄が。
ユズリハのことを自分の相棒だと──自分の背中を護るに相応しいパートナーなのだと、認めてくれたということで……!
「ああっ、任せておけ! ──キミの背中はこのわたし、サクラギ公爵家直系長姫であるユズリハ・サクラギが。死んでも護ってみせる!!」
「いやまあ、死なれちゃ困るんですが……」
本気で戸惑ったらしいスズハの兄に、ユズリハが内心苦笑する。
こういうところでビシッと決められないのも、またわたしの相棒らしさということか。
まあ行動は最高の結果を残す男だから、そこら辺は勘弁してやろう。
「なあキミ、わたしはどうすればいい?」
「オーガの時と一緒です。隙を狙って、吸血鬼の本体をぶっ叩く。それしかありません」
「そうだな」
「あの吸血鬼、なかなか隙を見せません。持久戦になりますが、必ずチャンスは来ます」
「ああ」
「その時には、かなり無茶でも突出して勝機を見いだすしかありません」
「なるほど。キミが敵前に躍り出るときのパートナーがこのわたしか……ありがたくって、涙が出るな」
「すみません。うにゅ子は正面からの敵をサポートして貰わないとならないので……」
「謝るな。皮肉じゃない……本当に泣きたいほど嬉しいんだよ、わたしは」
「すみません」
「だから謝るな。だが、そうだな──」
スズハの兄の作戦は、それしか無いと分かっていても、有り体に言って力業だ。
今こうして魑魅魍魎の攻撃を受けているだけで相当キツいのだ。
普通に考えれば、自殺行為以外の何物でもない。
──でも、だからこそ。
ユズリハは精一杯の笑顔を作って、
「わたしが生き残ったら……未婚の公爵令嬢を泣かせた責任、きっちり取って貰うからな。覚悟しておくといい」
「……ユズリハさんは生き残りますよ。絶対」
「ならばキミも生き残るな。なにしろこの状況でキミが死んだら、我々みんな全滅するに決まってるんだから」
「──そうですね。きっと全員、生き残りますよ」
*****
そんな会話から五日間、ぶっ通しで戦い続けて。
暑さと疲労で肉体はとっくに限界を超えながらも、気力だけで剣を振り続けたその先に。
ほんの僅かにできた隙を見逃さなかったスズハの兄が、吸血鬼の前に躍り出て。
そのまま吸血鬼を、ドワーフの宝剣で串刺しにしたのだった──
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本日、こちらの作品「妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。」の六巻が発売となります!
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