第228話 地獄の門

 ダンジョンを降りて行くにつれ、うにゅ子が首を捻ることが多くなった。


「……うにゅー……?」

「どうしたの? 何か見覚えがある感じ?」

「うにゅ」


 うにゅ子が首を振って肯定する。

 やはりうにゅ子は、ぼくらの前に来た最後のエルフである可能性が高まってきた。


「とはいえ、どうしたもんかな……」


 現在のぼくらの状況は、はっきり言って悪い。

 まずは暑さ。

 階段を降りるにつれ、ますます暑くなってくる。

 そういえば女騎士の装備でビキニアーマーなるものを聞いたことがあるけど、なるほどこういう時のためかと感心したものだ。


「寒いのは兄さんに抱きつけばいいですが、暑いのはどうしようもありませんね……」

「いま抱きつかれたら、さすがに引っぺがすよ?」

「うにゅ!」


 うにゅ子が同意の声を上げた。

 そう、うにゅ子ですら今はぼくの頭から降りて、自分で歩いているのだ。

 つまりそれほど密着するのが暑苦しいということである。


 そして二つ目。


「さっきの獲物も、また外れだったしな……」


 ユズリハさんがぼやいた通り、魔獣の外れ率がとても高い。

 具体的には降りていくごとに、魔獣のゾンビ化が激しくなっている。

 やはり暑ければ暑いほど、ゾンビ化というのは進行が早いのだろうか。


 もちろん食べられる程度のゾンビ化肉は美味しく戴いているし、そのお肉は例外なしに滅茶苦茶美味なのだけれど、食べられる肉の量が少ないんだよね……

 ダンジョンの上層部だと浴びるように美味しい肉を食いまくっていたので、ギャップが激しいというかなんというか。

 このまま突き進むと、いずれ腐りすぎて食べられないゾンビ化魔獣だけになるのでは、そんなことすら考えてしまう。


「まあアレですね。さっさと一番下まで行って、様子を見て戻ってきましょう」

「うむ。それしか無いだろうな、キミ」

「……ユズリハさんたちはドワーフの集落に戻っててもらってもいいんですよ?」


 三つ目の問題はこれ。

 この状況、本来ぼくたちの目的である、美味しい魔獣を狩るという目的からはなかなかキツいものがある。

 目的から考えれば、もう少し上の階層で美味しい魔獣を狩りまくって極上の肉を厳選し、さらにドワーフさん秘蔵のお酒を分けて貰ってユズリハさんのお祝いに……というのが、まず間違いなくベストだと思うのだ。


 それでも最奥部まで行こうとするのは、ドワーフの長老さんたちに頼まれたからで。

 そしてこのダンジョンの暑さを考えれば、ぼく一人で行くのが一番効率がいいと思う。

 なにせぼく一人なら、上半身裸でも構わないのだ。


 けれど。

 ここから先はぼく一人で行くと、何度か言ってみたものの。


「なにをゆー。わたしとキミは一心同体、つまりキミが向かうところには常に相棒であるわたしの姿あり、だ。それを忘れるな」

「ユズリハさんはともかく、わたしは兄さんの唯一無二の妹として、たとえ地の果てでも付いていきますから!」

「拙はどっちでもいいのだが……しかし一般人のお主を行かせて、武士である拙が安全な場所にいるというのも気が引けるのだ」

「うにゅー!」


 相変わらず、うにゅ子は何を言ってるのか分からないけど。

 それでもなんとなく、みなぎる決意というものを感じるのだ。

 うにゅ子の脳内には、昔の記憶がよみがえっているのだろうか?


 そんなこんなで、なんとか進んでいった結果。


 ぼくらはついに、ダンジョンの最下層まで辿り着いた──


 ****


 ダンジョン最下層の最奥部。

 その行き止まりに鎮座する祭壇を見つけた瞬間、うにゅ子が大いに騒ぎ始めた。


「うにゅ!? うにゅ!?」

「どうしたの……って、これは……」


 それはなんというか、生贄が捧げられる祭壇という感じのおどろおどろしい雰囲気で。

 半分以上朽ちた石積みの祭壇は、ところどころ血の跡が残っていた。

 どこから見ても明らかにヤバい、見た瞬間にそう直感するシロモノ。


「……うにゅ子、この場所に見覚えがあるの?」

「うにゅっ!!」


 うにゅ子が力強く頷いた。

 するとこの近くに、ドワーフの長老さんが言っていた地獄の門が……


「あった!」


 祭壇の先に目を凝らしてみると、そこには巨大な門があった。

 その隙間から見える先には、無数の骸骨が蠢いて、こちらの世界に来ようとしている。

 それは子供の頃、教会の壁画で見た地獄の亡者そのもので。

 骸骨たちの後ろには、地獄の炎が噴き上がっていて。



 ──この門が開かれたら、世界が終わる。

 直感的にそう理解させられる、文字通りの地獄絵図だった──



「うにゅ子、どうすればいい!?」


 このまま門を閉じればいいなんて、単純な話のはずがない。

 だったらなんで、おどろおどろしい祭壇なんて存在するのか。

 何かを思い出した様子のうにゅ子に問いかけると、果たして。

 うにゅ子は、決意の眼差しを祭壇に向けると。


「うにゅ────っ!!」


 ……思いっきり、ドロップキックをかましたのだった。


「ど、どうしたの!?」


 慌てて声をかけたけど、うにゅ子の視線は祭壇から離れない。

 それどころか。


「……え、うにゅ子!?」


 うにゅ子の姿が揺らいだかと思うと、いつもの二等身ではなく成長した姿に戻っていて。

 つまりそれは、うにゅ子が全身全霊で本気ということで。


「…………!」


 うにゅ子が身構えながら、じっと睨み続ける祭壇の中心で。

 淀んだ熱気が渦を巻き始めた。

 やがてその熱気は、人間の形を取って、あたかも半幽霊のように実体化する。

 その見た目は、痩せぎすの老人。

 不気味なローブを身に纏い、眼窩は窪み。

 瞳のあるだろう部分は赫い、てらてらとした仄暗い光が不気味に漏れる。



 ──うにゅ子が静かに息を呑む。

 そいつの放つ、あらゆる生物とは根本的に異なる、名状しがたい死の予感。

 そしてぼくは、この感覚に覚えがあった。



 それは、彷徨える白髪吸血鬼と呼ばれた存在。


 うにゅ子の身体を乗っ取って、二千年もの間、大陸中を恐怖の底に落とした存在。


 目の前にいるコイツが、うにゅ子を支配していた個体と同じかどうかは分からない。

 うにゅ子が聖剣で斬られた個体が逃げ出して、この場所に戻ってきたのかも知れないし、はたまた二千年物もの間に同等の吸血鬼が誕生したのかも知れない。

 それでも、ぼくに分かることはある。


 うにゅ子は二千年前、目の前の吸血鬼に敗れて、彷徨える白髪吸血鬼となったこと。

 そしてまた、同じ戦いが起きようとしていること。

 そして、


 目の前のコイツだけは、絶対にぶちのめさないといけないこと──!!


「スズハ、ユズリハさん! それにツバキ! 危ないから下がって!」

「キミ、これは一体……!?」


 ゆっくりと始動する吸血鬼から目を離せないまま、ぼくは端的に叫んだ。


「コイツが、うにゅ子に取り憑いていた──彷徨える白髪吸血鬼の本体です」


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