第230話 世界を救っておきながら肉の心配をする男(ユズリハ視点)

 気づいたら横になっていた。

 どうやら、いつの間にか眠っていたようだ。


「あ、ユズリハさん。起きましたか」

「ああキミ。一体どうなったんだ……?」


 吸血鬼が断末魔を上げたところまでは記憶にある。

 だがしかし、その後の記憶がぷっつり途切れていた。

 ユズリハが頭を振って起き上がると、スズハの兄が慌てて駆け寄って身体を支えた。


「終わりました。全部」

「全部というと、吸血鬼が召喚しまくった魑魅魍魎どもも……」

「みんな倒しました。ユズリハさんのおかげです」

「そんなことは絶対にないが……そうだ、みんなはどうした?」

「寝てますよ。ユズリハさんが一番重傷だったんですけど、元気になって良かった」


 そう言われて視線を落とすと、服はボロボロで下着までほぼ破れかけ、そのうえ皮膚も明らかに動脈まで深く斬り裂かれた痕がいくつもあった。

 恐らくスズハの兄が、必死に治療したのだろう。

 その時にスズハの兄がしてたであろう表情を想像していたら、ユズリハはなんだか心がポカポカと暖かくなったような気がした。


「えっと、その傷なんですが……」

「こんなもの気にするな。公爵家の雇う治療術士なら、この程度の痕は完璧に治す」

「そ、そうですか。良かった……!」


 明らかにホッとするスズハの兄に、ユズリハが少しだけムッとする。


(本当ならばわたしは、キミとの絆をずっとこの身体に留めておきたいのだが……)


 とはいえ、そんなことをここで言ってもスズハの兄を困らせるだけな事は明白なので、ユズリハは話題を変えることにした。


「地獄の門はどうなった?」

「ガッチリ閉じておきましたよ。もう少しで通れるくらいの隙間が出来そうだったんで、危ないところでした」

「そうか。うにゅ子が突然大人モードになって、びっくりしたよ」

「ぼくもです。もう二等身に戻っちゃいましたけど」

「吸血鬼を倒したからか?」

「恐らくは。今はすぐそこで、お腹丸出しで寝てますよ」


 苦笑するスズハの兄の様子からも、全てが無事に終わったことが伝わってきた。

 よかった反面、ちょっぴり寂しさを憶えていると。


「それでですね。一つ、ユズリハさんに謝らなくちゃいけないことが……」

「なんだ?」

「それがその……このダンジョンには、最高のお肉を手に入れるために来たわけで……」

「まあそうだな」


「ですが結局、最高のお肉は手に入れられなかったというか、なんというか……」

「──ぷっ」


 思わず小さく吹きだしてしまった。

 だって仕方ないだろう。

 スズハの兄は、またも大陸のピンチを救ったのに──そんなことを悩んでいたのだから。


「……まったく、キミは本当に根が庶民だな」

「そりゃあ生粋の庶民ですからね」

「褒めてない」


 褒めてない、けれどこれ以上面白いこともそう無いだろう。

 賭けてもいいが、大陸中の英雄譚をひっくり返したって。

 世界を救っておきながら肉の心配をする男なんてものは、自分の前にいる辺境伯なのに庶民臭さがずっと抜けない、いつもは料理好きのやさ男で、でもいざという時はとびきり頼りになる、自分の相棒以外にいないのだから──


「しかしまあ、キミが謝罪したいと言うならちょうどいい」


 ユズリハが意地悪く言うと、スズハの兄がびくりと震えた。


「え、えっと、その……」

「わたしは別に気にしないが、キミがどうしても言うならば、わたしの痕の責任を取って貰うのもやぶさかではないな」

「そ、それは具体的には、どのように……!?」

「まずは、わたしの成人の儀式に一緒に出たまえ」

「えっ、でもそれって直系血縁以外立入禁止なのでは……?」

「責任」

「……謹んで出席させていただきます」

「そうかそうか、とても嬉しいよ」


 即行で手のひらを返すスズハの兄に、ユズリハが満面の笑みで頷いた。


 ****


 ──ユズリハは思う。

 治癒魔法で消える身体の痕なんて、べつに何にも気にすることはない。

 けれど、スズハくんの兄上が──自分の唯一無二と決めた相棒が、自分のことを初めて相棒と認めて協力を求めた──しかも生死を懸けた戦闘中に。


 その高揚感といったら!


 あの時に感じた得も言われぬ魂の震えは──きっと一生、自分の心の一番深い奥底で、静かに燻り続けるに違いない。

 わたしは絶対、あの瞬間のことを一生忘れない。

 わたしは生涯、あの思い出を胸に抱いて、そのまま死ぬ。


 それはつまり、言い換えれば。

 わたしの相棒は、わたしの心に──一生消えない、取り返しの付かない痕を付けたのだ。


「ふふっ──」


 もちろんそんなのは、自分の勝手な感情だ。

 けれどわたしの相棒が責任を取りたいというなら、取って貰うのもいいだろう。


 まずは血族と婚約者しか出られない、自分の成人の儀式に同席して貰おう。

 煩いことをいうヤツも一部いるだろうが、わたしの相棒の出生図を偽造しても良いし、わたしの婚約者だと報告してもいい。本当になってくれればなお良い。

 それでもわたしと相棒の中を邪魔するヤツは、たとえ誰だって力尽くで潰す。

 さてその次は、どう攻めようか……


「なあ、スズハくんの兄上」

「なんでしょう」

「キミは婿入りに抵抗がある方か? それとも気にしない方か?」

「こんなところで突然なに言ってるんです!?」

「むう。大事なことなのに……」


 とはいえ答えはどちらでもいい。


 そんなことよりも、大事なことは。

 自分が名実ともに、スズハくんの兄上に相棒と認められたことなのだから──!





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このあとにエピローグが15pほどありますが、そちらは商業版のみということで……

内容としては、トーコが肉食いながらスズハ兄に遷都を伝える、そんな話です。

気になった御仁は小説5巻をぜひぜひチェック!(懇願)


そして9月28日にはコミック版の2巻が出ます!

内容としては求愛ダンス(勘違い)があったり、アマゾネスの爆乳サンドが兄さんを襲ったりする例のアレです。

こちらの方も、よろしければぜひぜひよろしくお願いします!

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