第61話 お貴族様にジョブチェンジ

「やれやれ、ようやく来てくれたんだね」

「──本日は、誠におめでとうございます。新女王陛下」

「ダメだよ? スズハ兄にはボクのこと、トーコって呼んでって言ったのに」

「……ここは公式の場、いわば公私の公です。馴れ馴れしい態度は慎むべきかと。それに周囲には、貴族の方も大勢いらっしゃいますので」

「そんなの関係ないってば。──ねえみんな! ボクの命を救った救国の英雄が、ボクの名前を呼び捨てすることに反対する者がもしいたら、今すぐここに名乗り出てよ!」


 突然すぎるトーコさんの呼びかけに、何人かの貴族が動こうとしたけれど、


「もちろんその時は、ボクがこうして女王になるのに一体どれだけ貢献してくれたのか、ちゃんと宣言してから意見すること!」


 その言葉に、動こうとした貴族は例外なくピタリと止まり、そのまま沈黙したのだった。


「ほらね? 誰も反論しないでしょ? だからいいんだよ」

「……すごく強引だった気がしますけど……?」

「細かいこと気にしてると、お鮨が不味くなるよ?」


 それはいけない。

 ならばぼくも、トーコさんの要請に素直に従うことにしよう。

 そもそも王命だしね。


「では改めて。トーコさん、本日は本当におめでとうございます」

「ありがとう。それもこれもみんな、スズハ兄がいてくれたからこそだよ」

「いえいえ、全てはトーコさんの努力のたまものです」

「ていうかスズハ兄がいなかったら、ボクが今こうして女王になってるわけがないんだけど……まあそこらへんは、詳しく説明すると日が暮れちゃうしね?」


 トーコさんは相変わらずわけの分からないことを言う。

 ていうか貴族の政治とか陰謀の話をされても、ぼくには分からないと思うけど。


「まあいいか。今日はボクからスズハ兄に、一つ提案があるんだよ」

「……はい?」

「本当は即位式でボクの即位宣言と一緒にばばーんと発表したかったんだけど、スズハ兄ったら即位式に来てくれないんだもん。だからまあ、その後の晩餐会で発表でもいいかなって」

「よく分かりませんが、イヤな予感がするので全力でお断りします」


 ぼくが断ると、トーコさんがなぜか遠い目をして呟いた。


「今の季節は秋、これから冬だよねえ。……魚に脂がのって、お鮨の美味しい季節だよ」

「!」

「やっぱり定番はトロだよね。他の国のマグロは身が焼けちゃって猫も食べないらしいけど、ウチの国の漁師さんはマグロ一本釣りの技術も冷凍保存魔法技術も最先端だから、ほんっとマグロが美味しいんだよ。スズハ兄は大トロ好きかな?」

「値段以外は大好物です!」

「そうなんだ。でもボクは、実は大トロとかウニよりも、冬ならカワハギの方が好きだなあ。握ったお鮨の上にカワハギのプリプリの肝を乗っけてさ、食べると口の中で蕩けるんだ」

「そ、そんな素敵食べ物が、この世の中に……!?」

「あとは白子もいいよねえ。知ってるかな、本当にいい白子はちっとも生臭くないんだよ? そして噛みしめると、ただただ複雑な甘みが口いっぱいに広がる。そして白子が弾けるプリッとした感触がまた堪らなくって──」

「ふ、ふわぁ……!」

「──ところでスズハ兄? もしボクのを聞いてくれたら、そんな美味しい大トロやウニやカワハギや白子なんかを、この冬いっぱい食べ放題にしてあげられるんだけど。どうかな?」

「謹んで承りましょう」


 一も二もなく頷いた。

 ぼくはトーコさんのことを信頼している。それに一応、命の恩人だなんて言ってくれてるくらいだし。

 だからいくらなんでも、そこまで酷いことはいわないだろう。


 ならばぼくの答えはイエス一択。

 ──ついついそう思ってしまったのは、きっと高級鮨の魅力に惑わされたからに違いない。


 ぼくが答えると、トーコさんはしてやったりの笑みを浮かべて、


「約束だよ。絶対逃がさないんだから」

「え? それってどういう……」

「ねえみんな! 聞いて!」


 そしてトーコさんは、ぎょっとするぼくを横目に、国中から集まった貴族たちに向かって宣言した。


 ──ぼくの顕著な功績に報いるために。

 反逆による粛清によって相続人がいなくなったローエングリン辺境伯家を、今この場でぼくに継がせることを決定した、と──


 というわけでぼくは、なんだかわけも分からないうちに。

 その日、お貴族様にジョブチェンジしてしまったのだった。

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