第184話 この大陸の人間が、ごく稀に強すぎるのだ
ようやく時間が取れたので、女騎士学園の分校に行く。
ぼくの目的はツバキで、東の大陸の軍隊事情を聞きたいことが一つ。
もう一つは、今回の戦争についてどう思っているかということで。
もしも東の大陸の軍勢に参加したいと言われたら、どうしようかなと悩んでいた。
ツバキは異大陸では戦争に出陣していたらしいけど、戦う相手はぼくたちなわけだし、正直やり合いたくはない。
できれば分校で大人しくしてて欲しいのが本音だった。
すぐに校舎の外でぼけっと空を眺める少女を見つけて声を掛ける。
「ツバキ」
「……む。久しぶりなのだ。もう草がぼうぼうなのだ」
「そんなに生えてないでしょ。ぼくを草むしりキャラにするの止めようか?」
別に嫌いじゃないけどさ、草むしり。
「なんの用事なのだ。拙をタイホするのだ?」
「しないよ。戦争相手の国出身だから逮捕だなんて」
まあ破壊活動予防のために、そういうことをする国もあるけど。
ぼくがそんな話をすると、ツバキはきっぱりと否定して。
「武士はそんな卑怯な真似はしないのだ。するのはニンジャなのだ」
まあぼくも、ツバキに細かい芸当ができるとは思えない。
「ツバキも聞いたでしょ? 東の大陸の軍隊がここに攻めてくるって。だからツバキに、話を聞いておこうかなって」
「そんなもの必要ないのだ。あいつらの軍隊なんて、拙一人でやっつけられる程度なのだ。つまりおぬしがいれば勝てるのだ」
「……そこだけ聞くと、やたら弱いんだけどね?」
「この大陸の人間が、ごく稀に強すぎるのだ。バグってるのだ」
ちなみにバグとは虫のことで、呪文の詠唱時に虫が飛んできて詠唱失敗する出来事から名付けられたとか。
「──まあでも、おぬしには感謝してるのだ」
そのさっぱりとした言い方に、ぼくはなんだか嫌な予感がして。
「おぬしは拙に、上には上がいることを教えてくれた初めての人間なのだ。だから一度、キチンと礼が言いたかったのだ」
「……なんで今なのさ?」
「拙は、阿呆の尻拭いに付き合うことになったのだ」
「阿呆って?」
「この大陸で、拙と唯一つるんでいる同郷人なのだ。三流のヘタレ間者なのだ」
「あんまりスパイがいるって他人に言わない方がいいんじゃ……?」
これでもぼく辺境伯だからね?
そういえばツバキには言ってなかったけど。
まあそれは別として、なんでツバキが遠い目をしているのか聞こうとすると。
「──おぬしは知ってるか? 東の大陸には、
「なにそれ知らない」
「主君が諌言しても所業を改めない場合、力尽くで隠居させる。それが押込なのだ」
「…………」
事情を知らないぼくが聞いても、それが命がけなことは簡単に想像できる。
「あの阿呆はその昔、実の兄に不用意な諌言をしたせいで仲がギスギスして、その結果が異大陸への島流しなのだ。それから主君に諌言する人間はいなくなって、誰の言うことも聞かずに暴走した結果が今回の異大陸遠征なのだ。救えないのだ」
だから最後にもう一度諌言して、それがダメなら押込なのだとツバキは言った。
「でもそれ、凄く危ないんじゃ……?」
「武士道とは死ぬことと見つけたりなのだ」
静かに言葉を紡ぐツバキは、とっくに死を覚悟しているようで。
だからぼくは、差し出がましいことを承知で言った。
「ぼくも付き合うよ」
「ダメなのだ」
ツバキがきっぱりと首を横に振って、
「これは拙の故郷の問題なのだ。だから、異大陸人の出る幕ではないのだ」
「そっか……」
ツバキは対等でいようとしてくれるのだと、ぼくには分かった。
それはぼくの庇護下で寄り添ってくれようとするスズハとは違い。
ぼくを相棒だと言ってくれるユズリハさんとも違い。
ぼくを女王として、大切なピースの欠片と見てくれるトーコさんとも違うけれど。
でも、妹よりも小さい少女が、精一杯の虚勢を張って。
言葉の端が少しだけ震えながらも、そんなことにまるで気づかないフリをして。
そんな風に命懸けで自立しようとしてみせるツバキを、ぼくはとても好ましいと思った。だから。
「ねえツバキ。一つだけ約束して」
「どうしたのだ?」
「簡単なことだよ。ツバキが困って、もしも助けが欲しくなったなら、いつでもどこでも構わないから──絶対に、ぼくに助けを求めること。いいね?」
「……分かったのだ。武士の約束なのだ」
もちろんぼくが、助けてあげられる保証なんてどこにもないけど。
でも、こんなに対等でいようとしてくれるツバキが助けを求めた、その時は。
できる限り助けてあげたいと、強く思った。
****
翌日、ツバキは女騎士学園分校の寮から姿を消した。
寮の枕元にはぼくが貸しっぱなしだった妖刀、ムラマサ・ブレードが置いてあって。
ツバキが決死の覚悟を決めたのだと、改めて思い知らされたのだった。
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