第185話 それはもう兄さんですし

 異大陸からの大艦隊が、元キャランドゥー領港町の沖合に集結していると情報が入った。

 キャランドゥー領とは以前ぼくの辺境伯領に戦争を仕掛けてきた領主の土地で、現在では完全に吸収されて辺境伯領の一部になっている。


 普通だったら、迎え撃つために港町へと出るところ。

 けれどトーコさんたちからの情報によって、敵国の狙いはオリハルコンと分かっている。

 そしてオリハルコンの貯蔵庫は、領都の女騎士学園分校にあるわけで。


 なのでぼくらは盛大に移動したフリをして、密かに分校の建物内へと舞い戻っていた。

 そして、案の定というべきか。

 それから数日も経たないうちに、敵襲が起きた。


 ****


 曇天で、星灯りがまるで届かない夜だった。

 女騎士学園の分校は、四方八方が断崖絶壁となる岩山の頂上にある。

 つまり分校にあるオリハルコンの貯蔵庫までたどり着くには、街へと唯一渡されているゴンドラを利用するか、または断崖絶壁を千メートル以上もよじ登ってくるか、もしくは飛んでくるしかない。


 じゃあぼくならどうすると考えたとき、ゴンドラに張ったロープを使ったら侵入経路が分かりやすすぎるし、撃ち落とされずに飛んでくる方法は思い浮かばない。

 なので、メインの侵入路は崖からだと睨んでいた。


「──来たね」


 見たところ、もう断崖絶壁を半分くらい登ったところだろうか。

 大抵の人なら数メートルも上れないだろう垂直の崖を、すいすいと登ってくる。


 人数は全部で二十人というところ。

 みんな全身黒尽くめの服装で、上手く闇に溶け込んでいる。

 その上、崖肌に合わせるように身を隠しながら登ってくるその腕前は、なかなかのものだと感心する。


 けれど、そこまで条件が揃っていてもなお。

 ここからオリハルコンを盗み出すのは、ちょっと分が悪すぎると思う。


「そろそろ始めようか。スズハはゴンドラの方を注意して見ててね」

「分かりました、兄さん!」

「ユズリハさんは空と飛来物の警戒、お願いします」

「ああ、任せておけ!」

「ウエンタス公国のみんなは手分けして、崖をよじ登る別の人間がいないか見張ってて」

『はい!』


 事前の打ち合わせ通り動くみんなを確認して、ぼくは懐からゴム弾を取り出した。

 指先ほどの大きさの丸いゴム弾。

 これの良いところは、当たっても大きな音がしないことだ。


「──よっ」


 指先で狙いを定めて、デコピンの要領でゴム弾を発射する。

 下方向に向かって撃つのは難しいけど、まずは成功。


 ゴム弾は狙い通り、一番後ろに登っていた人の額にクリーンヒットし、音もなく崖下へ落下させる。

 衝撃で脳震盪を起こしているのだろう、悲鳴すら上げていない。


「よし、まずは一人」


 ぼくが振り向くと、二人がなんだか怯えた様子で。


「えっと……ユズリハさん、あれって登ってる人間が誰も気づかないのに、いつの間にか一人いなくなってるんですよね……?」

「ああ、悲鳴すら上げてないからな。振り返るとなぜか、いたはずの仲間が消えている。そして振り返るごとに一人ずつ消えていくんだ……完全にホラーだな」

「それじゃぼくが、悪い幽霊みたいじゃないですか」


 動揺されて動きが乱れるとぼくの狙いが付けづらくなるから一人ずつ落としてるだけで、決してぼくの趣味ではない。

 本当だよ?

 ちなみに五百メートルほど落下した先には、カナデ指揮のメイド式回収部隊がいるので命に別状はなかったりする。

 その後に待ち受けているメイド式情報収集ごうもんについては、責任取れないけどね。


 てなわけで。

 その後もぼくは地道に、一人ずつ狙撃していって──あ、ようやく気づいた。


「ふむ、動きがピタリと止まった。あれは完全に気づいたぞキミ」

「残り七人でしたね。兄さん」

「二十人で登っていたはずが、ふと気づいたら七人になっている……これは怖いぞ?」

「わたしだったら兄さんさえいれば、何人減っても怖くないですが」

「同感だ。逆にスズハくんの兄上がいなくなったら、恐慌状態になると断言できる」

「ですです」


 二人が何か言ってるのを無視して、じっくりと観察する。

 向こうも必死にこちらを探しているようだけれど、星灯りもない暗闇で、ぼくらの姿は見つかっていないようだった。

 やがて諦めたのか、さっきより速度を落として登り始めた。


 ならばもう一人。ぴしゅ。

 一人落っこちて、もう一人落ち、というところで動きが止まった。 

 明らかに動揺しまくっている。


「……なんか、ざわざわって声が聞こえてきそうですよね、兄さん」

「行くも地獄、引くも地獄というやつだな。まあスズハくんの兄上にケンカを売った以上、当然のことではあるが」

「そんなことはないですけど……あれって、どうするのが軍隊的に正しいんですかね?」


 庶民学しか学んでこなかったぼくが後学のために聞いてみると、ユズリハさんは大きくお手上げのポーズをしてみせた。


「分からんな。なにしろ撤退するにしても、今度は数百メートル下まで降りねばならん。そこまでして撤退するメリットがあるのか」

「しかもそこで待ち伏せしてますしね、実際」

「だから誰もいなくなる前に登り切るのと、どっちが分の良い賭けかという話ではある。まあ両方とも希望は絶無なんだが」

「それはもう兄さんですし」

「言い方ちょっと酷くない……?」


 結局その後、なにがあることもなく。

 まるでだるまさんが転んだみたいに、彼らが動いては一人撃ち落とし、止まって動揺し、しばらくしてまた動いては一人撃ち落として、結局全員撃ち落とした。

 最後の方は、なんで一人ずつ撃ち落とすのか自分でもよく分からなくなってた。


 それでも全員撃ち落として、このあとはカナデのメイド回収部隊が上手くやるはずだと一息ついていると。


「兄さん、今度はあちらに現れたみたいです」

「了解。じゃあ向かうよ」

「……なあキミ。あり得ないとは思うんだが、貯蔵庫じゃなくて、オリハルコンの鉱脈に向かった連中はいないよな?」

「距離的にありえないとは思いますが、エルフの長老には念のため注意喚起しているのと、うにゅ子をそちらに戻しているので大丈夫でしょう」

「なるほどな」


 ──結局、それから数日間かけて。

 合計三百人以上の侵入者を、一人残さず捕らえたのだった。

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