第148話 百倍に値上がりするに決まっている土地(アヤノ視点)

 サクラギ公爵家から来た官僚集団のおかげで、アヤノは少しだけ仕事に余裕ができた。

 なので缶詰続きだった以前と違って、最近は街中に出られるようになっている。

 事務屋たるもの書類上で知ったつもりになるのではダメで、街に出て五感で民の生活を感じるべしというのがアヤノのモットーなのだ。

 とはいえずっと忙しくて、それどころじゃなかったけれど。


 そして案の定、アヤノのアンテナに引っかかるものがあった。

 日頃の激務の間を縫って、調査を重ね、確信を得たところで親玉であろう人物を訪ねる。

 その人物は今日も、城内の定位置で書類の山と戦っていた。


「おやアヤノ殿。こんな夜更けに」


 書類の中から顔を上げた青年官僚が、アヤノを認めて声を上げた。

 サクラギ公爵家由来の官僚を取り纏める、以前は家宰補佐をしていた青年。


「お疲れ様です。お手数ですが、少しご相談したいことが」

「もちろんどうぞ。このままお話を伺っても?」

「いえ。お手数ですが、ご足労いただきたく」


 いくら深夜で人が少ないとはいえ、それでも両手を越える官僚が仕事をしているのだ。

 それに夜中は声が良く響く。念には念を入れたかった。


「分かりました。伺いましょう」


 アヤノが青年官僚を連れて、防音の効く会議室へ向かう。

 会議室の扉を閉め、お互いに一息ついたところで切り出した。


「──最近になって、サクラギ公爵家の官僚たちが辺境伯の領地、それも領都の不動産を買い漁っているようですね」


 青年官僚は何度か瞬きをすると、すぐに破顔する。


「もう嗅ぎつけましたか。さすがですね、目立たないようにやっているはずなんですが」

「どういう意図か教えていただいても?」


 青年官僚の動きは、すなわちサクラギ公爵家の動きと同じ。

 サクラギ公爵家が、通告もなしに辺境伯領都の不動産を買い漁る理由。

 それがアヤノには、どうしても分からなかったのだ。

 だがそれも、青年官僚が一言で切って捨てる。


「恐らくですが、アヤノ殿はなにやら勘違いをしておられます。険しい顔がその証拠だ」

「……どういうことでしょう?」

「今回の件ですが、サクラギ公爵家は一切関与しておりません」

「は……?」


 ぽかんと口を開けるアヤノに、青年官僚はおかしそうに笑った。


「アヤノ殿の優秀さの弊害ですね。たしかに状況を俯瞰すれば、公爵家が将来悪巧みする布石のように思える。こちらの官僚の名義のみならず、奥方や子供の名義、果ては恐らく架空の名義まで使って、領都の不動産を買い漁るのですから」

「は、はい」

「しかし罠に掛けるにはサクラギ公爵家は協力的すぎるし、辺境伯を敵に回すなどという滅亡破滅まっしぐらのアホ選択肢を選ぶとは思えない、だから意図が分からず混乱した。そんなところでしょうか?」

「……その通りです……」


 悔しいながらも首肯する。

 すると青年官僚が鷹揚に頷いて、


「ですが、もっと単純な話なのですよ。そこに将来、百倍に値上がりするに決まっている土地があったら全力で買うでしょう? ただそれだけですよ」

「……はあ……?」


 なに言ってんのこのサギ野郎。

 そんなアヤノの冷ややかな視線にも、青年官僚は怯まない。


「恐らくですが将来、トーコ女王はローエングリン辺境伯領へ遷都するでしょう」

「……本気で言っています?」

「おや、アヤノ殿ともあろう方が考えていなかったと?」

「そりゃ考えたことはありますけど、地理的に厳しすぎると結論づけました」

「現状ならギリギリその通りでしょう」

「……」

「ですが辺境伯の圧倒的な武力とオリハルコンの鉱脈、そこにあともう一つ新たな要素が加わったら? 天秤は大きく傾く。あの辺境伯なら涼しい顔でやってみせるでしょうね。そしてそうなったことを皆が知った後では、遅すぎるのですよ」

「……それが、サクラギ公爵家の考えだと……?」

「いいえ。最初から申しているように、今回の件に公爵家はなんら関与しておりません。むしろ公爵家としては、最後まで買わないのではないでしょうか」

「どうしてでしょう?」

「だって不動産が手に入らないことを理由に、こちらの城に間借りができますから」

「……それはその通りですね……」


 間違いなくそれは、サクラギ公爵家とトーコ女王しか使えない荒技だろう。

 だが有効だ。

 相手と友好を深めたい人間にとって、一つ屋根の下というのは最強のカードなのだから。

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