第149話 機転と鼻だけは野犬以上に効きまくるウチの腐れ官僚どもは、辺境伯に全力全額ベッドすると決めた。(アヤノ視点)
いろいろ納得がいったアヤノが、果てしない疲労感とともに頭を下げる。
「理解しました。お忙しいところを申し訳ありませんでした」
「こちらこそ誤解が解けて良かった。せっかくですし、ここで一服していきませんか?」
「……お供しましょう」
さすがに自分で連れてきておいて、用が済んだらハイさようならとは言い難い。
アヤノが備え付けの急須で二人分の茶を淹れる。
たしかお茶請けもあったはずだと煎餅を探していると、
「実を言いますとね。ここに来る官僚を選別するのって、本当に大変だったんですよ」
「それはそうでしょうね」
アヤノが好きなザラメ煎餅を見つけて小さく拳を握りながら、
「こんなド辺境、誰も来たがらないでしょうから」
「逆ですよ。熱烈な希望者が集まりすぎて、そりゃもう苦労したんです」
「へっ……?」
「ですが相手はユズリハお嬢様の最有力婿候補なうえに、公爵家からもトーコ女王からも絶大な信頼を得まくっている辺境伯ですから、万一にも不興を買うわけにはいきません。当然ながら公爵家事務方とのバランスもありますし、他薦させようとしたらワイロの嵐。もう困りまくりましたよ」
「……」
「結局は悩みに悩んだ末、出仕態度の評定順ということにしたんです。これなら辺境伯にご迷惑は掛けないでしょうし、日頃から勤務態度良好な官僚に報いてやれますし、それに事務能力は反映するけれど完全な能力順でもないので」
「そうですね、わたしもそれがベストかと思います」
「ところがですねえ。書き換わるんですよ、これが」
「……というと?」
「普段はロクに仕事もしないのに、いざというときだけ本領を発揮しまくる大バカ野郎が公爵家にはわんさかとおりましてね。そいつらがここぞとばかりに能力をフル回転して、公文書の改竄から虚偽報告、ワイロに中抜きに印象操作などと悪の限りを尽くした結果、いつの間にか派遣リストには、能力こそ飛び抜けているもののあまりにクセが強すぎて、仕事をさせるのが不安という連中ばかりリストに載っているという惨状で……」
「……ちなみに、その方たちのお名前って聞いてもいいですか……?」
「もちろんですとも」
青年官僚から語られた数人の名前を、アヤノはもちろん知っていた。
みんなサクラギ公爵家から来た官僚の中でも際だって優秀で、さすがは公爵家ですねと常日頃から感心している人間たちだった。
聞かなきゃよかったと後悔した。
「……なんでその人たち、こんな辺境に来たがったんでしょうね……」
アヤノがぽつりと言葉を漏らすと。
「決まってるでしょう。辺境伯がどんな人物かを、この目で確かめたかったんですよ」
「ああ──」
そうだ、とアヤノは今さらながらに思い出す。
自分もかつて、まさにその理由で彼を訪ねた一人だったことを。
その時はまさか、こんな書類漬けの付き合いになるなんて思ってなかったけれど──
「──そうですね。その通りです」
「残念ながら辺境伯とは行き違いになりましたが、どれほどの人物なのかを見極めるには十分な材料がある。そして機転と鼻だけは野犬以上に効きまくるウチの腐れ官僚どもは、辺境伯に全力全額ベットすると決めた。──それが、今回アヤノ殿をお騒がせした騒動の、いわば正体というわけです。誠に申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ疑ってしまって申し訳ありません」
お互いが頭を下げ合う。
そろそろ仕事に戻らないと、周囲の人間に怪しまれるかもしれない。
そのことを二人とも認識していた。
「ではわたしはこれで」
「あ、最後に一ついいですか?」
「わたしに分かることでしたらなんでも」
「どうして偽名で取引をしている人がいたんでしょうか? アレのせいで、調査するのに大分手間取ったんですが」
後ろめたくない取引ならば、偽名を使うなとアヤノは言いたい。
それにアレのせいで、公爵家が背後にいると思い込むことにもなったのだ。
青年官僚の回答は明快だった。
「ああ、恐らくですが借金取りに捕まったときの保険でしょう」
「…………」
本当に公爵家の連中は油断ならない、そう思い知らされるアヤノであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます