第98話 これはね、友情の大好きなんだから
その後、各国からの賓客を集めたパーティーもつつがなく終わり。
賓客のみなさんを客間へと案内し終えて、ホッと一息つく。
本来ならばその後に、ささやかながら身内だけの打ち上げを予定していたのだけれど、手合わせで頑張りすぎたのかアマゾネスさんの二人とユズリハさんにスズハの四人とも、みんな医務室で横になっている。
四人とも、事情を知っているぼくですらびっくりするほど、鬼気迫る迫真のやられっぷりを披露してくれたからね。
ゆっくりと休ませてあげたい。
そんなわけでぼくが、片付けを終えて灯(あか)りを落としたパーティー会場を、最後に一人で見回っていると。
「スズハ兄、こんなところにいたんだ」
「トーコさん? なにかありましたか?」
「ううん。ボクがただスズハ兄を探してただけ」
トーコさんはパーティー用のドレスを着たままだった。
胸元が大きく開き、トーコさんの規格外にもほどがあるスタイルを惜しげもなく晒した姿はまるで女神みたいで、ちょっとどころではなく心臓に悪い。
ぼくの方に歩いてくるトーコさんのドレスに薄暗い星灯りが反射して、まるでお伽噺に出てくる妖精みたいに映っているならなおさら。
「スズハ兄、今日は本当にありがとうね」
「いえいえ、とんでもないですよ。ぼくの方こそトーコさんのおかげで、なんとか無事に終わることができました」
「──今だから言っちゃうけど、ボクもいつかのユズリハみたいに、パーティーの最中に命を狙われるかもって思ったんだけど?」
「そこはきちんと対策しましたよ。ウチのメイドも張り切ってましたし」
「……メイドが?」
「ウチのメイドの、カナデの仕事は信頼できますよ。結局、どこかのスパイや暗殺者が忍び込んだりとかは無かったみたいですけどね」
さっきカナデに確認したけど、そんな報告も受けなかった。
カナデはとても優秀だし、それに事前の対策もばっちりしたから、本当にスパイなんて来なかったのだろう。
まあその代わりに「お城に忍び込もうとしたごきぶり、いっぱい叩き潰した。ほめて」と言っていたので、カナデの頭をワシワシと撫でておいたのだけれど。
「だいいちトーコさん、本当に襲われたらどうするつもりだったんですか」
「そのときはスズハ兄が助けてくれるでしょ?」
「……そりゃ助けますけどね?」
「王城に囚われていたボクですら助けてくれたスズハ兄だもん。パーティーで命を助けるなんて、スズハ兄にとっては楽勝でしょ?」
「毎回助けられるとは限らんのですよ……?」
「あはは。スズハ兄ですら助けられないような状況なら、それはもう天運だね。そのときはボクもきっぱり諦めるよ」
ひとしきりクスクス笑うと、トーコさんがぼくの目を見た。
それは、とても真剣な目で。
まるでこれから一世一代の告白でもするような、そんな覚悟を持った瞳で。
「──スズハ兄。ボクはずっと、ずっと言いたくて言いたくて仕方なかったんだよ」
「……なにをですか?」
「王女としてじゃなくて、一人の女の子として──ボクを救ってくれたことの、お礼」
そんなのおかしいと思う。
だってトーコさんはいつだってぼくにお礼を言ってくれるし、クーデターの時のこともぼくが恐縮するくらい感謝してくれた。
けれど、そんなぼくの心を見透かしたように、
「違うんだよ。あの日、ボクはスズハ兄に『トーコ』って呼ばせることで、ボクのことを一人の女の子として扱うように強要した」
「はい……」
「でもさ。そんなコト強要できる時点で、それってもう女王としての立場から見てるんだよね。戴冠式の時も、即位式の時もずっと──ボクは女王として、スズハ兄に接してた」
「それは……当然でしょう?」
いついかなる時も、たとえどんなに親しげに振る舞っていても。
他人とは厳然とした一線がある。
それが一国の王であるということなのだから。
そしてそんなことは、もちろんトーコさんは承知していて。
「それはいいの。ボクが選んだ道だもん」
「……」
「でもね。今は、今だけは二人きりだから──名前で呼ばせて?」
そしてトーコさんは。
初めて、ぼくの名前を呼んで。
「──ボクの命を救ってくれてありがとう、今までボクのこと、支えてくれてありがとう。そして、これからも末永くよろしくお願いします──」
ぼくのほっぺたに突然キスをして、そして。
「──大好きだよ」
ぼくを、ふわりと抱きしめた。
目の前に、月明かりの反射したトーコさんのドレス姿が浮かぶ。
トーコさんのトロフワなのに弾力のある二つの膨らみが、ぼくの身体に押しつけられる。
「気にしちゃダメだよスズハ兄。これはね、友情の大好きなんだから」
トーコさんがどんな表情をしているのか、
抱きしめられているので、分からなかった。
「ボクはさ、ユズリハと奪い合いとか絶対嫌だし、王族は庶民と結婚できないし、貴族になった元庶民と結婚するにしても前例がないし、スズハが義妹になったら絶対すごく面倒くさいし──」
「……」
「でもね、でもね、それでもボクは、キミのことが──!」
ぐうぅぅぅぅぅぅ────
地獄から響くようなその音がいったい何なのか、理解するのに数秒かかった。
つまりそれは、トーコさんのお腹が鳴ったということで。
「……え? 今のひょっとして、腹の虫……?」
「わ、わわわわっ、忘れてえええっっ!!」
パッと飛び退いたトーコさんの顔は、羞恥で真っ赤に染まりまくってて。
ああ、いつものトーコさんに戻ったんだなって分かった。
「だって仕方ないんだよ!? 調印式もパーティーでもずっと忙しくて、今日一日食べてるヒマなんて無かったんだもん!」
「それでも、パーティー中にお鮨をつまむヒマくらいあったでしょうに」
「だってだって! スズハ兄と一緒に食べようねってって約束したのに、タイミングがまるっきり合わなかったんだもん!」
「なるほど。それは完全にぼくが悪いですね」
「むーっ! スズハ兄にバカにされた! ボク女王なのにー!」
そう言って、頬を膨らませて不機嫌アピールをするトーコさんの姿に。
ぼくはいつまでも、笑いが止まらないのだった。
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