第97話 女騎士のプライド、殺戮の戦女神と呼ばれた矜恃(ユズリハ視点)

 正直言って、ワンチャンいけるとユズリハは思っていた。


 なにしろ四対一だ。

 しかもこっちは、ユズリハとスズハ、アマゾネス軍団トップの二人。

 下手したら、この大陸で二番目から五番目まで強い人間が揃ったまである。

 そんなオールスターが、たった一つの目的のために、私欲を捨てて連係するのだ。

 それなのに──!


「なんでキミに、一本も入れられないんだあっ──!!」


 そう叫びつつ、スズハの兄の右斜め四十五度から剣を振り下ろす。

 もちろんフェイントだ。

 本命は、アマゾネスたちが背後からぶちかます、上下二段構えの薙ぎ払い……!

 と見せかけて、実はスズハがムーンサルトから十メートルの高さで振り下ろす、渾身の短剣突きだった。


 そのどれもが、最上位騎士でもまず絶対に避けられない必殺の一撃。

 こんな攻撃の攻撃対象になったら、ユズリハ自身まず間違いなくやられるに決まってる、まさに地獄の連係プレー。

 それなのに。


「くうっっ!?」


 ユズリハの一撃は、スズハの兄の右手であっさり防がれた。

 そしてアマゾネスの攻撃は両足で、スズハの一撃は左手で受け止めて。

 まるで手足が四つあるのだから、四人の攻撃を受け止めるには十分だと言わんばかりに。

 次の瞬間、攻撃を仕掛けた逆方向に、凄まじい力が叩きつけられ。

 一瞬で四人とも、地面に叩きつけられていた。


「ううっ……キミ、今日はいつにも増して、容赦がなさ過ぎるぞ……!」


 おおむね予想は付いている。

 きっとトーコのアホが、スズハくんの兄上に余計なことを言ったのに違いないとユズリハは思った。

 今日は手加減せずに、徹底的に叩きのめせとかなんんとか。


 そりゃユズリハにだって理屈は分かる。

 自分やアマゾネス相手の四対一で戦えること自体、もう常識の埒外でしかないのだが、それでも善戦するより圧倒した方が、より強さは際立つだろう。

 けれどトーコはアホなので分かってない、そうユズリハは断言する。


 ──スズハくんの兄上に「手加減するな」と言ったとき。

 それが、どれほどの惨状を引き起こすのかということを──


「あっ……!」


 ユズリハの目の前で、アマゾネスの二人が動いた。

 打ちのめされた回数は、百回をゆうに超えている。

 体力も精神力もボロボロだった。

 最初から四人で連係して、それなのにまだ一撃も入れられていない。

 なのにたった二人の連係で一撃を狙うなぞ、無理にもほどがあるように見えたが──


「そうか。その手があったか……!」


 ユズリハには分かった。

 限界を悟ったアマゾネス二人は、最後の一撃を入れに向かったのだ。

 もちろんそれが、スズハの兄に届かないことなど百も承知。


 けれど狙いはそれではない──!


 鍛錬した自分の、今できる最高の一撃を見せることでスズハの兄に、「よくやったね」なんて二人の頭をナデナデされたり、あわよくば頑張ったねのキスすら頂戴しようという、もはやトーコの言っていたご褒美とか関係なしに、望んだ結果を強引にもぎ取ろうとするアマゾネスの頭脳プレーなのだ──!!


「ユズリハさん!」

「!」


 ユズリハが呼ばれた方に振り向くと、そこにはアマゾネス最後の一撃など目もくれず、自分を真剣に見つめているスズハがいた。

 その目が雄弁に語っていた。


 ──あれ、アリですねと。

 ──わたしたちも同じ事をしませんか、と。


 もちろんユズリハには女騎士のプライドがある。

 殺戮の戦女神キリング・ゴツデスと呼ばれた矜恃がある。

 だから、答えは一つしか無かった。


「ああ、もちろんだ──!」


 やってやろうじゃないかと思った。

 最後に自分たちの見せられる、最高の一撃を繰り出せば、きっとアイツは驚いてくれる。

 あとは全力でおねだりすれば、頭ナデナデはいけるはず。

 ひょっとしたらキスだって、ぎりぎりワンチャン、アリかもしれない──!


 ……そうしてアマゾネス二人とユズリハコンビは、それぞれ最後の攻撃を仕掛けて。

 そんな欲望にまみれた攻撃が、スズハの兄に通用するはずもなく。

 四人とも花火よろしく空高くまでぶっ飛ばされて、手合わせはスズハの兄の完全勝利で終わったのだった。

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