第96話 祝福のキスを貰えるとか(トーコ視点)

 停戦協定の調印式も無事終わり、慌ただしくパーティーの準備が進んでいる。


 そしてパーティーの開始までの余興として、中庭ではスズハの兄とアマゾネス軍団長の二人、そしてユズリハとスズハによる手合わせが行われていた。

 手合わせはバトルロワイヤル形式。

 本来は最後まで勝ち残った者が勝ちという形式だが、実力差がありすぎるので必然的に一対四の対戦形式になっている。

 スズハの兄を取り囲んだ四人が一斉に、あるいは時間差で攻撃を仕掛けていく状況だ。


「……しっかしみんな、いくらなんでも気合い入りすぎでしょ?」


 最前列の貴賓席でトーコが呆れながら戦いの様子を眺めていると、すぐ横に座っているウエンタス女大公のアヤノが声を掛けてきた。


「それだけみなさん、譲れないものがあるということでしょう」

「まーそうかもだけど……ああ、今回は悪かったわねー。こっちの都合で、調印式にこんな辺境まで来させちゃったけど」

「いえ。こちらは敗戦側ですし、捕虜を連れて帰る必要もありますから当然かと」

「それにしても、調印式にアヤノ大公が自ら来るとは思わなかったけど?」

「来るのが当然でしょう。今回は負けましたけれど、それでもドロッセルマイエル王国の秘密兵器の国際舞台デビューにわたし自ら参列しないほど、感覚を鈍らせているつもりはありませんよ?」

「まあアヤノ大公なら当然だよねー。ちなみに招待状を送っても外交官どころか、断りの手紙すら返さないバカな国も結構いたんだけどさ!」

「それはよっぽど外交センスが無いのか、それとも情報収集能力が壊滅的なのか……まあわたしも、他人のことは言えませんが」


 スズハの兄を軽視した結果、手酷いしっぺ返しを喰らった被害者リストは、少なくとも国外ではウエンタス女大公が一番上に掲載されるに違いない。

 実感が籠もりまくったアヤノの嘆きに、さすがにトーコが顔をこわばらせていると。


「そういえば、このバトルロワイヤルは賞品がかかっているそうですね」

「へ? なにそれボク知らない」

「試合をする前の、アマゾネスの二人と殺戮の戦女神キリング・ゴツデスの会話を小耳に挟んだのですが──なんでも一本取った者が、ローエングリン辺境伯から祝福のキスを貰えるとか」

「それかぁぁぁぁ!?」


 やたらと気合いが入っている理由が分かった。

 つまりはみんな、スズハの兄から祝福のキスが欲しくて、あそこまで滅茶苦茶気合いが入りまくっているのだった。

 焦りまくるトーコの様子に、アヤノが小首をかしげて聞いた。


「どうしたのですか? トーコ女王の提案した『報償』だと言っていましたが」

「そんな報償だったらボクが欲しいよ!? ──もとい、そりゃ確かにボクは調印式の日にみんなの前で手合わせすれば、報償をあげるよとは言ったけどさ! 報償がスズハ兄とのキスだなんて言ってないし!」

「じゃあ報償はなんと?」

「それは……確かに決めてなかったけど……!」

「では話が盛り上がるうちに、いつの間にか報酬がそうなったのでしょう。最初に報酬をはっきりさせておかなかったトーコ女王にも責任がありますね」

「うううっ……んなアホな……!」


 スズハ兄になんてお詫びしよう、とトーコが頭を抱える。

 そりゃあスズハ兄なら「勝利には祝福のキスが付きものだ」とかなんとか言っとけば、簡単に丸め込めそうな気もするけどさあ!

 そんなトーコの様子に、アヤノが再び小首をかしげて。


「トーコ女王は、いったい何を心配しているのです?」

「そりゃするよ!? だっていきなり我が物顔でキスを迫られて、それがボクの褒美だとか言われたら大問題だよ!」

「そうではなく。──まさかローエングリン辺境伯が、四人のうち誰かから一本取られる可能性があるとでも?」

「あ……!」


 あまりに慌てていたので忘れていた。

 そういえば、今日は──


「スズハ兄に、あいつら纏めてボコボコのケチョンケチョンにぶちのめしまくってくれ、って言ってたんだっけ」

「……そんなエグい指示出してたんですか。本気でドン引きです」

「誤解だよ! みんなにスズハ兄の強さを見せるために仕方なくだよ!」

「ちなみに、アマゾネスたちの方へは何か指示を?」

「うんにゃ。そっちには何も指示出ししてない」

「だったらローエングリン辺境伯の完全勝利は揺るぎありませんね。大人しく見ていればよろしいのではないかと」


 言われてみれば、確かにそうだとトーコは思った。

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