第95話 調印式の日

 そしてやってきた調印式の日。


 トーコさんは本当に大陸中に招待状をばら撒いたらしく、様々な国の賓客がやって来た。

 ぼくもトーコさんと一緒に挨拶なんかをして回るハメになったんだけれど、その相手がとにかくバラエティーに富みすぎていて。


「トーコさん。ちょっと聞いて良いですか?」

「んー、なにかなスズハ兄?」


 調印式の前、会場での挨拶ラッシュが少し途切れたタイミングでトーコさんに聞いた。


「なんだか相手の身分が、あまりにバラバラ過ぎるような気がして」

「そう?」

「ええ。だいたいの国だと普通に外交官ですけど、中には王族とか王太子なんかが来ている国も少しありますし、そこまでじゃなくても大臣クラスが来ている国だって結構ありますよね?」

「うんうん」

「逆に外交官を名乗ってはいるものの、いかにも下っ端というか儀礼的に人員出しただけみたいな国もありますし、露骨に内情視察メインみたいな国もあるしで……トーコさん、いったいどんな招待状出したんですか?」

「んふふー、さすがスズハ兄はよく観察してるね!」


 ぼくが問いかけると、トーコさんがまるでイタズラの種明かしをするかのように、ニンマリとした笑顔を浮かべた。


「これこそが、今回のボクの作戦のキモなんだよ!」

「……はい?」

「どんな立場の人が来ても言い訳が立つような文言で招待状を出して、実際どんな人間が来るのか、それとも欠席するのかを、じっくり観察しようって魂胆なのさ。招待状のいい文言考えるの、かなり苦労したんだよ?」

「はあ」

「調印式をスズハ兄の居城でやったのもそう。いろいろ言い訳つけたけどさ、ただ各国にウチの国が戦争で実質勝利したこととか、ウチのスズハ兄を見せつけたいとかだけなら、ボクの城でやってるよ? その方が人が格段に集まりやすいし、ウエンタス公国にそれを拒絶できる力はもはや無いしね」

「ぼくを見せつけたいってのは意味が分かりませんけど……じゃあなんでこの城で?」

「選別だよ、選別!」

「……選別ですか?」

「そう! 今をときめく時代のキーマン、スズハ兄と会える絶好のチャンスを前にして、どれほど積極的に動けるのか。自国のどんな人間を派遣するか。どれくらい大陸の情勢を分析できて、情報をきちんと収集できているのか。──それがこの調印式に来た人間で、一目瞭然になるってこと!」

「……へえ、そうなんですか」


 トーコさんの考えは遠大すぎて、ぼくにはよく分からないことが分かった。

 ぼくが首をひねる様子に、トーコさんも察してくれたようで。


「まあスズハ兄には、そこら辺の機微はちょっと難しいかな?」

「ですねえ。庶民はそんな遠回しなこと考えませんから」

「──まあそんなことは別にいいんだけどさ。ボクは、スズハ兄に謝らなくちゃいけないことがあるのさ」

「なんです?」

「お鮨だよ、お鮨」

「あー……」


 ぼくがローエングリン辺境伯にさせられた時、ぼくはトーコさんに『お鮨の食べ放題』という条件で騙されたのだった。

 そしてそのお鮨食べ放題は、未だ達成されていない。

 ぼくとしては貴族になんてさせられるわ、余計な仕事ばかり降ってくるわ、それなのにお鮨は食べられないわでまさにトリプルパンチであった。

 そんな状況をトーコさんも十分理解しているようで、ぼくに向かって拝むように両手を合わせて。


「いやホントにさ、ガチでごめん! 準備は進めてるんだけど、職人の選定がどうしても時間がかかって!」

「あー、確かにもの凄い辺境ですもんね……でもその分、水もお米も美味しいんですけど。ですから、行っても良いぞって言ってくれる職人さんが、一人くらいならいてもいい気はするんですけどね?」

「……いや、えっと……そういう理由で行っても良いって言う職人さんはいるとは思うけど、スズハ兄と気が合いすぎちゃいそうな可能性が高くて危険というか……」

「え?」

「ううん、なんでもない」


 トーコさんの言葉はよく聞こえなかったけれど、いろいろ事情があるみたいだ。


「仕方ないですよ。じっくり待つことにします」

「ホントごめん! その代わり今日は、調印式後のパーティーで王都から美味しいお鮨を用意させてるから! スズハ兄とユズリハたちとの手合わせが終わったら、二人で一緒にお鮨食べようね!」


 そうなのだ。

 アマゾネスさん二人との手合わせは結局、スズハとユズリハさんも加わることになり。

 ぼくを含めた五人でのバトルロワイヤル形式になったのだった。


「それと、注意というかお願いなんだけどね、スズハ兄には徹底的に暴れてほしいんだよ。もう他の四人を完璧にボコボコに叩きのめす勢いで」

「……というと?」

「考えてもみてよ。この停戦協定はスズハ兄がウエンタス公国から勝ち取ったものだし、調印式もスズハ兄の居城。つまり今日の主役はスズハ兄ってことなわけ」

「初耳なんですが……?」

「初耳だとしても、間違いなくそうなの! その主役が余興でアマゾネスやユズリハたちと手合わせするってことは、これはもうスズハ兄にボコ勝ちしてもらって、新しい辺境伯はこんなに強いんだぞーって喧伝するためのものに決まってるのよ。もちろんこのことは、他のみんなも承知してるから!」

「まあ理屈の上ではそうなるんですかね……?」

「というわけで、今日の模擬戦はいつもみたいに手加減しないこと。もう死なない限り、徹底的にボコにしちゃっていいから。そのための治療魔術班もバッチリ待機させてるから心配しないで!」


 なんだか公衆の面前で女子をボコれと言われてるようで気が進まないけれど、とはいえトーコさんの言っていることは分かる。

 スズハはともかく、アマゾネス族もユズリハさんも、大陸にその名を知らぬ者のいない武の達人なのだ。

 それを利用してぼくの知名度を押し上げ、ひいてはトーコさんの治世に役立てようと、まあこういうわけなのだろう。


「まあ、みなさんも承知しているなら……」

「大丈夫。そこら辺はバッチリだから!」

「分かりました。──そういうことなら、ぼくもできる限り本気で、ユズリハさんたちを倒すフリをしてきます!」

「……どうせまたヘンなこと思考回路を辿った結果、よく分からない結論になったんだと思うけど、普通に勝ちまくってくれればいいからね?」


 みんなが承知しているということなら、つまりは限りなくマジな手合わせに見せかけた八百長の話し合いはもう付いているということなのだ。

 いくらなんでも、アマゾネスさん二人とユズリハさんが本当に本気になったりしたら、ぼくなんてひとたまりもないからね。

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