第94話 たにま

 応接間でお茶を呑みながらトーコさんとアマゾネスさんたちを交えて語らっていると、「ところで」とアマゾネスさんが切り出してきた。


「ひさびさに、兄様ターレンと手合わせ願えないだろうか?」

「我らアマゾネス、オーガの大樹海で兄様ターレンの偉大さを再認識したあの日から、兄様ターレンの役に少しでも立てるべく、より一層激しく鍛えに鍛えてきた」

「その成果を、今こそご覧いただきたい」


 壮大すぎる修飾はともかく、ぼくとしても手合わせに異論はない。


「いいですよ。じゃあ今から──」

「あー、それストップ! ちょっと待って!」


 腰を浮かせかけたところで、トーコさんから制止がかかった。

 明らかにトーコさんを睨みつけるアマゾネスさん二人。


「なんだ? 我らと兄様ターレンの手合わせを邪魔するとは命知らずめ」

「お前から血祭りに上げてやろうか」

「うっさいわね。──その手合わせ、調印式の日にやってくんない?」

「なぜだ?」

「そりゃ当然、スズハ兄の株を上げるためだよ」

「「くわしく」」


 それからトーコさんがした話によると、要するに調印式後のパーティーの余興として、ぼくとアマゾネス族の手合わせを入れたいのだという。

 アマゾネス族といえば、大陸全土にその名を轟かせる武人の集団。

 そのアマゾネス族の頂点である二人との手合わせを参加者に見せたなら、ぼくの強さも大いに喧伝できるのではないか? ということらしい。


「いやいや、ぼくなんて全然ですよ」

「スズハ兄はちょっと黙ってて。──というわけでどう? どうせ手合わせやるんならさ、諸外国の要人が見てる前でやってみない? なんなら報酬も出すし」

「……いいかも知れぬ。我らアマゾネスが世間でどう言われていようがどうでもいいが、その評判が兄様ターレンの役に立つなら、これほど嬉しいこともない」

「ふふっ……そして我らアマゾネスと兄様ターレンの親密ぶりもまた、大陸全土に喧伝することができるということか……」

兄様ターレンの強さと、その横に並び立つのは我らアマゾネスのみ相応しいと見せつけることができる……あい分かった、そのようにしようではないか」

「ありがとね。理解が早くて助かるよ」


 というわけで。

 よく分からないうちに、ぼくとアマゾネスさん二人の試合を、調印式後のパーティーでやることになったのだった。


 ****


 話の途中で「そういえば」と思い出して、メイドのカナデにお願いした。


「カナデ、オリハルコンを持ってきてくれないかな? お土産に渡したいんだけど」

「「ぶ────っ!?」」

「あー……キミならひょっとして万一やるかもとは思ったけれど、まさか本当にやるとはな。まったく剛毅というかなんというか……」

「スズハ兄らしくはあるけどね!」


 なぜかアマゾネスさん二人がお茶を噴き出し、ユズリハさんとトーコさんが呆れ半分、感心半分という顔をする。

 そんな中、カナデはなぜかメイド服の胸元に手を突っ込むとゴソゴソと動かして。


「こんなこともあろうかと用意してた。はい」

「準備がいいね──って、どこにしまっておいたのかなあ!?」

「たにま」


 どこの谷間なのかは、さすがに問いただすのははばかられた。

 こぶし大のオリハルコン鉱石二つについた谷間の汗を袖口で拭い、何事も無かったようにアマゾネスさん二人に一つずつ渡すと、二人は「ほわぁ……!」というキラキラした目でオリハルコンを眺めたり光に当てたり擦ったりしていた。

 やがて、自分たちが宝物を与えられた子供みたいだと気づいたアマゾネスさん二人が、コホンと咳払いを一つして。


「「こんな大事なモノはもらえない」」

「いえいえ、そう言わずにぜひ貰ってください。こんなのならいくらでもありますから。ねえユズリハさん?」

「ああ……まったく信じられないことだが、ローエングリン辺境伯領にはオリハルコンのクズ鉱石というものが存在するのだ……普通ならどんなクズ鉱石でも、オリハルコンなら国宝級になるはずだが……」


 ユズリハさんが大げさな説明をする横でトーコさんも一つ頷いて、


「ていうか、スズハ兄のことだからどうせ、招待客のお土産に一つずつ持たせようなんて思ってたでしょ?」

「そうなんです。この領地だと喜んでもらえそうな土産物とか美味しい食べ物とかって見当たりませんし、こんなクズ鉱石いくらでもあるんですけどオリハルコンならそれでも珍しいらしいので、ちょうどいいかなと」

「というわけだから、気にせずもらっていいんじゃない?」


 そう言ったら、アマゾネスさん二人にえらく感謝された。

 なんでもオリハルコンは伝説にして幻の金属だから、鉱石のかけらみたいなのでも十分ありがたいのだとか。

 それならば、お土産に持って帰ってもらうのにちょうどいいだろう。

 ぼくがそう確認すると、トーコさんが「キミがそれでいいなら」と頷いた後。


「これで、ボクがせっかく招待してあげたのにチャンスを逃したアホな国の連中どもが、悔しさで地団駄踏む姿が目に浮かぶよ……ククク……」


 なんて言いながら、とても悪い顔でニヤニヤしていた。


 ****


 その夜、就寝前にメイドのカナデを呼ぶと、メイド服ではなくネグリジェ姿だった。

 ていうかメイド服以外の格好を初めて見たかも。


「ごめんね、寝る前に呼び出して」

「べつにかまわない。よとぎ?」

「違うから」

「ちっ」


 カナデが何を期待していたのか不安になるけど、それはさておき。


「カナデも知っての通り、ここで休戦協定の調印式が行われるんだけど」

「うん」

「ひょっとしたら、この機会にどこかの国のスパイだとか暗殺者だとか、招待客に紛れて忍び込もうとするかもしれない」

「間違いない」

「そこで優秀なメイドのカナデに、この城で忍び込まれそうな場所とか、隠れやすい場所とか、他にも気をつける点なんか気づいたら教えてほしいなって」


 なにしろカナデはローエングリン辺境伯領の奪還作戦で、各都市司令部の屋根裏情報を仕入れてきた実績を持っている。

 つまりスパイ的な意味でも、屋根裏情報に対する実績は飛び抜けていた。

 なおかつカナデはウチのメイドで、つまり毎日お城の隅々まで掃除しているわけで。

 そんなカナデにレクチャーしてもらえば、間者対策は万全だと閃いたのだ。

 ぼくが話を振ると、カナデはぱあっと顔を輝かせて。


「ご、ご主人様。──カナデのこと、頼りにしてる?」

「もちろんだよ。いつもすごく頼りにしてるし、今回は特にね。なにしろ内容がカナデの専門分野だからさ。だから、」

「まーかせて」

「えっ?」

「お城のそうじはカナデの仕事。ご主人様のメイドの誇りにかけて、カナデはかんぺきにそうじしてみせる。だからご主人様は大船に乗った気持ちで任せてほしい」

「うん。それはありがたいんだけど、掃除とは別に屋根裏部屋の情報なんかを──」

「むぁーかせて」

「……はい」


 カナデは自分の豊かすぎる胸を叩きつつ、親指を自分に向けて任せて欲しいアピールをしてくる。

 メイドさんたるもの、屋根裏とか掃除とかいう単語には反応せざるを得ないのだろうか。

 ぼくとしては警備の参考に、死角とか隠れる場所になりそうな情報があれば、いろいろ教えてほしかっただけなんだけど。


「それってカナデが、忍び込まれそうな場所を封鎖してくれるってことでいいのかな?」

「それもやる。それ以外もやる。できるメイドは忙しい」

「そっか、ありがとう。でももし手が回らなかったり、やっぱり難しそうならぼくにすぐ教えてね?」

「もぅわーくぅわせとぇ」


 よく分からないけど、カナデがもの凄くやる気になっているのに水を差すのは忍びない。返事もどんどんグレードアップしていくし。

 式典が無事終わったら、特別ボーナスでも考えておこう。

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