第210話 お茶の準備から夜のお世話まで何でもこなす万能メイド

 聖教国を出ていよいよダンジョンに、というところで問題が発生した。

 正確に言えば、問題があることに気がついた。

 それは、メンバーの中にカナデがいるということで。


「よく考えてみたら、カナデはメイドなんだよねえ」


 ぼくらがこれから挑むダンジョンは、大陸の最高峰に位置している。

 そのダンジョン自体ももちろん、そこに至る道もそれなりに険しいことが予想される。

 普通はメイドを連れて行くなんて言語道断のハズだ。


 というわけで聖教国で待つか、それとも領地に先に戻るかという話をしたけれど──


「カナデは、いっしょに行きたい」

「危険だよ?」

「メイドのみちは、いつも危険ととなりあわせ。そんなのへいき」

「でも……」

「それについてかないと、またスズハがたべつくす」


 つまりスズハが信用ならないと。

 その点に関しては、兄のぼくも同意見である。

 ぼくがジト目をスズハに向けると、スズハが劣勢を悟ったのか慌てた様子で、


「で、ですが兄さん。カナデ一人を置いていくのも可哀想では?」

「でもそれで危険な目に遭わせちゃ、元も子もないし」


 考えてみると、このメンバーで問題なのはカナデだけなんだよね。

 ぼくは一般人だけど魔獣とかは慣れてるし、趣旨としてぼくが行かなくちゃ意味が無い。

 スズハ、ユズリハさん、ツバキは女騎士学園生徒で、ダンジョンはある意味専門家。

 うにゅ子に至ってはハイエルフ。心配する理由がどこにも無い。


 一方カナデは、どこにでもいる銀髪ツインテール無口褐色ロリ巨乳美少女メイドだ。

 ……それが本当にどこにでもいるかはさておき。

 少なくとも戦闘力的な特徴は、持ち合わせてないんだよなあ。


「まあカナデの運動神経が、とてもメイドとは思えないほど良いのはよく知ってるけどさ。ねえユズリハさん?」

「そうだな。わたしなぞ、たまにカナデが凄腕の暗殺者に見えるときがあるほどだ」

「ぎくっ」

「ん? カナデ、いま何か言った?」

「……なにも」

「まあ何にせよ、カナデを連れて行くのは危険かもって。だから──」

「そんなこともあろうかと」


 言ってカナデは豊満すぎる胸元に手を突っ込み、一枚の紙切れを取り出した。


「カナデ、なにこれ?」

「おすみつき」


 読んでみると、領都にいる探検家の先生が書いたものだった。

 ぼくとスズハが高山についての講義を受講した、あの先生だ。

 みんな囲んで書面を読む。すると──


「えーと、なになに……『メイドのカナデは体力能力ともに十分で、辺境伯に同行するに相応しいメイドとして推薦できる』だって」

「キミ、しかも『カナデは非常に愛くるしく隊のマスコットとしての癒やし効果も抜群、さらにお茶の準備から夜のお世話まで何でもこなす万能メイドは絶対に連れて行くべき』なんて書いてあるが……なんだこれは?」

「なんだかカナデに都合の良いことばかり書かれているような……これ、本当に探検家の先生が書いたものでしょうか? ねえツバキさん?」

「でもサインもあるし血判まで捺されてるからホンモノだとは思うのだ。それより拙は、書面がところどころ涙で濡れたみたいに滲んでるのが気になったのだ……?」


 どこから見ても疑惑だらけの推薦状だった。

 ……でもまあ、一応ホンモノなのは間違い無さそうだし……


「どう思います? ユズリハさん」

「まあいいんじゃないか? カナデはたった一人でローエングリン城の掃除を済ませたり、キミと一日中戦闘訓練をするほどの体力がある。それだけで並の女騎士よりは上だからな。それに推薦状もあるし」

「でも涙で濡れてましたよ……?」

「それは恐らくだが、マスコットだの夜伽だのと無理矢理書かせたからだろうな」

「ぎくぎくっ」


 カナデの怯えた様子を見るに、どうやらビンゴらしい。

 ──それはまあともかくとして。

 ここまで準備していたということは、やっぱりカナデは優秀なメイドということで。


「分かったよ。一緒に行こう、カナデ。でも無理しちゃダメだよ?」

「うん、カナデはご主人様についていく。一生」


 なんだか最後、不穏な言葉が足されたような気がしたけれど。

 結局ぼくたちは、メイドのカナデも含めて聖教国を出発したのだった。

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