第209話 ゆうべはお楽しみでしたね
不審者と間違われたぼくたちは即座に検挙されたけど、すぐに大仰すぎる謝罪とともに解放されて。
その日の夜、ぼく一人だけ聖教国の役人に呼び出しを受けた。
スズハやユズリハさんたちが同行したいと申し出ても許されなかった。
高位聖職者か各国王族という最高権力者しか入れないはずの中心区域に連れて行かれて、さらに案内されるまま進んでいくと、到着したのは見覚えのある建物で。
その中で、聖女様がぼくを待ち構えていた。
久しぶりに会うとは言っても、妹のトーコさんと外見がまるきり一緒なので、あんまり久しぶり感は無いんだけどね。
「聖女様、お加減はいかがですか」
ぼくが挨拶をすると、聖女様がなぜか不機嫌そうな顔で。
「形式的な挨拶は抜かして、じっくり聞かせて貰いますわよ──辺境伯は一体どうして、あんなところにいたんですの? わたくしあまりにビックリしすぎて、思わず大きな声で叫んでしまいましたのよ?」
「それは聖女様を一目見たいと」
「どうして辺境伯ともあろうお方が、そこら辺で歩いてる信者たちと一言一句同じ発言をかましてやがりますのかしら!?」
ぼくの答えは聖女様のお気に召さなかったらしい。なぜだ。
「あとは病気が完治したと言っても、その後の経過が気に掛かっていたので」
「そちらは問題なし、健康そのものですわ──わたくしの聖女病を見事治してくださった辺境伯には、日々感謝しております」
「いえ、それなら良かったです」
「ですがそれでしたら、余計になんで広場の遠くで手なんて振ってましたの?」
「それは──」
ぼくが経緯を簡単に説明すると。
聖女様は大仰にため息を吐いてから、ぼくに聞いた。
「──辺境伯は門番でもその担当者でもいいですが、ご自分が『ローエングリン辺境伯』であることは名乗り出ましたの?」
「いえ別に」
「なんで身分を明かしませんのっ!?」
「明かす必要も無かったので」
ぼくが身分を明かしても、できることなんて無いだろうし。
「それにぼくが辺境伯だなんて言っても、誰も信じないでしょう」
「はあ……」
聖女様が嘆息すると、卓上にあるベルを持って鳴らした。
やがて室内に一人のシスターが入ってくる。
聖女様には敵わないけど美人のお姉さんだ。
眼鏡がきらんと光ってるのがやり手っぽい。
「ローエングリン辺境伯、こちらはわたくしの第一秘書です」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「さて。聖教国で高位貴族を名乗る方がやって来た場合どのような運用になっているか、目の前のボサッとした辺境伯に教えて差し上げて?」
「承知しました」
シスターが眼鏡をくいっと持ち上げて、
「聖教国では、他国の高位貴族は聖教国から招待を受ける、もしくは事前に許可を受けて来訪するのが基本であり、そちらの書面提出を求めることになります。それらが無い場合、聖教国指定国家の王族であることの証明ができれば、聖女様たち最高指導者へ身分扱いのお伺いを立てます」
「はい」
「そうでなければ唯一の例外を除いて、入国審査などで多少の便宜を図る程度となります。実際に高位貴族だからどうこうということはありませんね。ましてや中心区域の出入りを認めるなどまずあり得ないと申せましょう」
ぼくが思っていたとおりの内容だった。
ほらみろ何も間違ってないじゃないかと思っていると、
「そして現在、唯一の例外が『ローエングリン辺境伯』を名乗られた場合ですね」
「……はい?」
いったい何を言ってるんだこの人は。
「ローエングリン辺境伯を名乗る方がいた場合、担当者は即座に上役に連絡すると同時に本人確認することとし、まずは紋章などの証拠がないか確認します」
「でもぼく、そんなもの持ってませんよ……?」
「証拠の品を提示された場合ニセモノの可能性高し、とマニュアルに書かれています」
「なんですかそりゃ」
実際そうかもしれないけどれど。
「他にも真偽を見分けるポイントとして、本人の外見が冴えない好青年風であることや、やたらと庶民という単語を連発することなどが書かれています。それともし本人の後ろに聖女様に匹敵するクイーンサキュバス級爆乳美少女が複数人いたら間違いなくホンモノ、というのがありますね」
「ええ……?」
まあユズリハさんや、身内贔屓を差し引いてもスズハみたいな顔とスタイルの女の子がそうそういるとは思えないけどさ。
「いずれにせよ最終的には最高指導者である聖女様、教皇様、大司教様らが対面で判断し、決して間違えることのないようになっています」
「なんでぼくだけ、そんな手間暇が……?」
思わず飛び出たぼくの言葉に、シスターが子供に世界の道理を教えるような声で、
「──それが、聖女様を不治の病から救ったということなのです」
「…………」
「ローエングリン辺境伯は、ご友人のお姉様が苦しんでいる病気をたまたま治せただけ、という程度のおつもりでしょうが。──聖教国の歴史でも極めて能力の高い聖女様のみが病気にかかり、しかも治療の甲斐無く確実に死亡する聖女病は、我が国にとってはいわば宿敵とすら言える存在だったのですよ。なにしろ、人々の希望であるはずの聖女様のみを狙い撃ちする、言い換えれば希望を塗りつぶすも同然の理不尽だったのですから」
「……」
「希望であるはずの聖女様を殺す病気。それを救った辺境伯は、いわば聖教国の、そして信者たち全てにとって救世主でもあるのです」
「えっと、それはただの偶然ですから……」
「辺境伯のお考えは、この際問題になりません」
シスターがぴしゃりとぼくの反論を封じて、
「そんな救世主の辺境伯をないがしろにし、あまつさえ人違いなどして追い返したなどと噂が立ったらどうなります? 聖教国への支持は激減、最高指導者たちに対する不信感は急速に深まり、数年もせず内乱が始まることでしょう」
「ありがとう。もう結構ですわ」
シスターが出て行くのを見送ってから、聖女様がぼくに向き直り。
「まあそういうことですわ、ローエングリン辺境伯」
「……話の最後が、もの凄く大げさというか、あり得ない展開でしたよね……?」
「まあ大げさですわね。でも国家が転覆するきっかけって、元を辿るとビックリするほど些細なことも多いんですのよ?」
「そう言われたら反論のしようもありませんが」
「だから辺境伯は、次からは入国審査で名乗り出るか、そうでなければ最初の時のように直接わたくしの寝室に侵入してくださいまし。いつでも大歓迎いたしますわ」
「善処します……」
「絶対ですわよ?」
満面の笑顔を浮かべた聖女様は、なんと小指を差し出して。
そのまま、指切りげんまんをさせられることになったのだった。
ちなみに指切りげんまんとは、魔法使いの子供がよくやる誓約の一種である。
……こういう不意に無邪気なところは、やっぱりトーコさんと姉妹なんだなと実感したのだった。
****
その後、歓迎パーティーやら儀式やらの日程を説明し始めた聖女様を慌てて制止して、霊峰にあるダンジョンの入山許可を取るために寄ろうとしたことを改めて伝える。
すると聖女様は残念そうに眉を落としながらも、
「入山許可ですの? どうぞお入りになって」
「そんな簡単に!?」
「たりめーですわ」
聖女様曰く、霊山の入山許可を出さない理由は人格も実力も知らないヤツに登られて、ゴミを撒き散らかされたりウソの情報をばら撒かれたり、挙げ句の果てには実力不足から死なれたりするのを防止するためで。
そこら辺が問題無いと分かりきっているぼくたちを、止める必要もないとのことだ。
「──ただし、お願いしたいことがありますわ」
「なんでしょう?」
「ロック鳥の肉をゲットしたら、一部で良いのでこちらにも肉を回してほしいんですの。骨や羽根でもいいですわ。もちろん謝礼は弾みますわよ」
なんでも霊山の頂上に長年棲む魔獣なので、ある意味では宗教の聖獣に近い扱いらしい。
なので肉や羽根などが手に入ったら、大事な儀式で少しずつ大切に使うらしい。
それなら獲っちゃダメな気もするけれど、そこは魔獣なので問題無いんだとか。
その他の細々した話も終えて、
「じゃあぼくはこれで」
宿屋へ帰ろうとするぼくの腕が、なぜか聖女様に掴まれた。
「……あの……?」
「そう慌てて帰るもんじゃねーですわ。もうすぐ夜になりますし、明日出発するにしても一晩くらいはゆっくりするといいですわね?」
「ですが……」
「聖女を救った本人であるローエングリン辺境伯はともかく、そのお連れまでをここまで立ち入らせることはできません。なので先ほどのシスターに、連れの皆様に盛大な晩餐でおもてなしするよう指示してあります」
「……うっ……」
庶民というものはタダ飯に弱い。もちろんぼくも。
「もちろん辺境伯は、こちらでわたくしと一緒に食事ですわよ。それと……」
聖女様が、なんだか言いにくそうに口をゴニョゴニョさせた後。
「……その後は、あの日の治療と同じように……わ、わたくしを一晩中抱きしめながら、ベッドで休んでいくといいですわ……!」
なるほどね、来たついでに治療していけということか。
まあ完治した以上、治療効果は無いはずだけど。
それでも聖女様が落ち着くならば、ぼくの治癒魔法で癒やすことに異論は無い。
「では、そうさせてもらいます」
「……そ、それがいいですわっ……!」
その時なぜか、聖女様は顔が耳まで真っ赤っかで。
ひょっとして風邪でも引いているのかも知れないと思ったのだった。
****
そして翌朝、直筆の入山許可書を携えて宿に戻ったぼくは。
やれ朝帰りだとか、ゆうべはお楽しみでしたねなどと罵られたのだった。
ぼくはただ、治療行為をしてきただけなのに。解せぬ。
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