第208話 旅の途中に聖教国

 白銀のダンジョンへ向かう途中、ぼくが聖教国へ立ち寄ってはどうかと提案した。

 その理由はしごく単純。

 ダンジョンのある大陸一の高峰は聖教国における霊山でもあるのだと、ユズリハさんが教えてくれたからだ。


 ぼくの提案に、ユズリハさんはしばし考えて。


「……とはいえ、なにしろ人も住まないド辺境にあるダンジョンだ。勝手に立ち入っても、なにか問題があるとは思えないが?」

「まあそうですね」


 ぼくもユズリハさんの言うとおりだとは思うけど。

 それでも聖女様とは面識があるわけだし、できることならば挨拶をして許可を得た方が気持ちよくダンジョンに入れるというもの。

 それに聖女様の病気が再発してないかも気になるし。


 ──以前、ぼくの魔力で無理矢理、聖女様の病気を治したことがある。

 そのため、その後も元気にやっているのか気にはなっていたのだ。

 そのことを伝えると、ユズリハさんが一つ頷いて。


「なるほどな。そういうことなら少し寄り道になるが、聖教国を経由していこう」

「ありがとうございます」


 そんなわけでぼくたちは、聖教国へ立ち寄ることになった。


 ****


 初めて来たときもそうだったけれど、聖教国はとにかく警備が厳重で。

 しかも前回は国主であるトーコさんの付き添いだったから殆ど待たずに入れたけれど、今回は平民に混じって都市に入ったので、手続きを待つのに一日掛かりだった。


 他国の貴族であることを示せば待機列に割り込めるみたいだけれど、ぼくはそういうのあんまり好きじゃないんだよね。

 それはもちろん、単なるぼくのワガママで。

 サクラギ公爵家のご令嬢であるユズリハさんは、もちろん割り込む権利があるけれど、ぼくと一緒に列に並ぶと言ってくれたので驚いた。


「……いいんですか?」

「当然だろう。わたしは相棒を一人で列に並ばせるような、薄情な女ではないぞ?」

「でもこれは、ぼくが勝手に割り込みたくないだけという」

「いいんだ」


 そしてなぜか、ユズリハさんが優しい顔になって。


「それにな、わたしは結構嬉しかったんだぞ?」

「えっ」

「キミは、自分が庶民っぽいから貴族に向いてないなどと思っているようだが、そういう理由ならわたしも同じさ。──貴族連中は自分の特権を平民に向けて見せびらかすような連中ばかりだよ。そいつらの先祖が貴族の特権を得たというだけで、そいつら自身は何も成し遂げていないというのにな」

「……」

「わたしはそんな連中を心の底から唾棄していたが、そんな気持ちを理解してくれたのは、身内以外には王女のトーコくらいだった。だから子供の頃にはトーコとわたしの二人で、自分たちは貴族に向いていないと嘆いたものだ」

「そうだったんですか……」


 生粋の貴族であるユズリハさんやトーコさんでもそんな風に悩むことがあったのか、とぼくが驚いていると。


「しかしキミは、決して自分の特権を庶民相手にひけらかしたりなどせず、必要な権力を必要な時に、必要なだけ使う。しかも醜い連中と違ってキミは自分の力で貴族となって、貴族の権利を自ら勝ち取ったにもかかわらずだ」


 ユズリハさんが遠い目で空を眺めながら、


「わたしは思うんだよ──それこそが、本当の貴族のあり方なんじゃないかって。だからキミのような人間がもっと貴族社会で活躍して、たとえば公爵家のような大貴族なんかに婿入りを──」

「あ、あのっ!」


 話の流れがヘンな方向に行きそうになったので、慌てて止める。

 途中で遮られたユズリハさんがちょっぴり不機嫌そうな顔をして、


「……どうしたんだキミ? せっかく大事な話をしていたのに」

「す、すみません。えっと、ツバキたちの姿が見当たらないなって」

「……そう言えばそうだな」


 ふと見回すとスズハ以外の姿が見えない。

 いつの間にか、だんごの串を咥えていたスズハに聞いてみると、


「ツバキさんたちなら、あっちのだんご屋に行きましたよ」

「ええっ?」


 スズハの指さした方に目をこらすと。

 だんご屋の軒先にある縁台で、食べ過ぎで腹を出して目を回しているカナデとうにゅ子、黙々とだんごを食べ続けるツバキの姿があった。

 ちょっと目を離した隙になにやってるの……?


 ****


 聖教国は都市国家なので、入国と街への入場は同じ意味となる。

 つまり国家としてコンパクトであり、警備兵などに聞けば大抵の場所は教えてくれる。


 そんなわけで、ようやく聖教国へ入国したぼくたちは、教えてもらった役所に出向いて白銀のダンジョンへの入場許可を申請した。

 話を聞いた担当者さんの返事は、にべもないもので。


「ムリですね。許可は出せません」

「ありゃ。その理由を伺っても?」

「白銀のダンジョンがあるミレイユブーケ山は、この大陸で一番高い山であると同時に、聖教国にて聖山として指定されています。つまり宗教上の重要な礼拝対象なのです」

「はい」

「なので聖山もまた神聖な場所であり、むやみに立ち入っていい場所ではない。つまりはそういうことです」

「そうですか……例外はないんですか?」

「大司教クラスが特別に認めるなどでごく少数の例外はあるようですが、まあ基本的には皆無ですね」

「なるほど……」

「年に数回はあなたのような方が来るのですが、許可が下りたことはわたしの知る限りで一度もありませんよ」


 話しながら担当者さんの態度を観察している限り、ワイロを待っている様子はない。

 そもそもワイロを要求するならもっと理由を濁すとか、それとなく誘導を仕掛けるはず。

 しかしこの担当者さんは諦めろと最初から言ってきているし、その理由も単純明快。

 要するにこれは、本当にダメなパターンである。


「ありがとうございます。お手数を掛けました」

「いえ、こちらこそお役に立てず」


 お互いに頭を下げたところで、もう一つ聞きたいことを思い出した。


「そうだ。中心区域に連絡を取りたい人がいるんですが、どうすればいいですか?」

「……中心区域ですか?」


 担当者さんが警戒するのも無理はない。

 なにしろ、聖教国の中心区域に入れるのは基本的に司教以上の高位聖職者と、聖教国が認めた国の王族のみ。

 そして中心区域のさらに中央の建物に、聖女様はいるのだ。


 聖女様の治療後の経過を見たいとか気軽に考えていたけれど、ぼくたちが気軽に会える人物ではないんだよね。

 だから聖女様に連絡を取って、もし聖女様に時間があれば中心区域外に出てきてもらい話ができればベストだと考えたのだけど。


「それで、連絡を取りたい方とは?」

「聖女様です」

「……ああ、とても多いんですよ。聖女様に一目会いたいという方は」

「一応ぼくたち、聖女様と面識はあるんですが……」

「なにかそれを証明できるものはありますか?」

「いえ……」


 当然ながら、そんなものは持っていない。

 まあアレだ。

 聖女様に会うためには、トーコさんと一緒でなければ無理ということだ。

 よく考えたら、そんなの当たり前なのだけど。


 まあダンジョン入場の許可を貰うのも聖女様の様子を確認するのも、ぼくらにとっては可能ならばやっておきたい程度のことで。

 それが無理ならば、諦めて白銀のダンジョンへと向かうだけだ。


「ありがとうございました」


 礼を言って立ち去ろうとするぼくたちに、担当者さんが耳寄りな情報を教えてくれた。


「連絡を取ることはできませんが、聖女様を一目見ることはできるかも知れません」

「というと?」

「ちょうど二日後に、中心区域との境界にある謁見広場で一般参賀が開催されるんです。運が良ければ、そちらに聖女様も姿を見せますよ」

「なるほど。それはいいことを聞きました」


 せっかくだし、遠目からでも聖女様の姿を見てから行こうかな。

 ……その時のぼくは、暢気にそんなことを考えていたのだった。


 ****


 そして二日後。

 聖女様を一目見ようと集まった大群衆を前にして、にこやかに手を振っていた聖女様を遠くから眺めていると。

 偶然こちらを向いた聖女様と目が合った、なんて思った次の瞬間。


「あ────────────ッッッ!!」


 聖女様がぼくを思いっきり指さしながら、大音声で叫んだのだった──

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