第112話 「あの男が、その程度のぬるい成果で自重すると思うか?」「えっ」(トーコ視点)
深夜のサクラギ公爵家。
当主の書斎で、その夜もトーコ女王とサクラギ公爵家当主が密会していた。
「──ふむ。するとあの男を、わざと領地から出したということか?」
「そういうこと。なにしろスズハ兄がずっといればその土地は絶対に戦争も起きないし、魔物やドラゴンに襲われたって平気だし、統治は平等なうえ平民に優しく税金だって安い、おまけにオリハルコンの鉱脈すら見つけちゃった。──気づいてる人はほぼいないけど、ちょーっとスズハ兄はカリスマ過ぎるんだよ」
「むう……」
「でさ。スズハ兄がカリスマなことは無自覚チート野郎なのと同じでもう諦めるとしても、あのド辺境にそんなカリスマがガッツリ居座ってるのは問題なの。放置したままだと最悪、国が二つに割れるまであるから」
「あの男にそんな気はさらさらないと思うが……?」
「スズハ兄は微塵も考えないだろうけどね。それに将来的に、ローエングリン辺境伯領に遷都する計画だってあるし。もちろんスズハ兄は領主のままで」
そりゃスズハ兄をローエングリン辺境伯にしたのはボクだけど、とトーコは嘆息する。
あのときはウエンタス公国との戦争の関係で、そうせざるを得なかったのだし。
それにスズハ兄が領主として想定を遙かに超えて優秀なうえ、ミスリル鉱山どころかオリハルコン鉱脈まで出てくるなんて完全に想定外である。
「もちろん遷都って言っても、将来的な話だけどさ」
「たしかにオリハルコン鉱脈と、あの男が統治しているという絶対的安心は、それ以外の悪条件を無視してでも王都を移転する価値があるかも知れんな」
「それにしたって、準備がいろいろ必要だからねー。今すぐどうこうって話じゃないから。それまでスズハ兄にはローエングリン辺境伯領じゃなくって、ウチの国全体のカリスマでいてもらわなくちゃ困るってわけよ」
そして話は最初に戻る。
もちろんスズハの兄に話した、オリハルコンや彷徨える白髪吸血鬼の情報が欲しいこと。
自国や国交のある国は調査中であるために、それ以外の情報源が欲しいことは間違いない。
けれどそれ以上に。
「お前があの男に示したのは……我が国との交渉を拒否している連中ばかりか」
「そういうこと。ボクが行っても門前払いされるけど、スズハ兄なら大丈夫でしょ?」
「百万もの敵兵を一人で倒した伝説は、今や大陸中に広まっているからな。いくら情報に疎い連中も、あの男のことを知らないことはありえんだろう。そしてあの男を怒らせたら一瞬で滅ぼされると思えば、まさか無碍にもできまい」
「まあスズハ兄を怒らせたら一瞬で跡形も無く消し飛ぶってのは本当だとしてもさ、あの温厚なスズハ兄がその程度で怒るはずないんだけどね!」
「ふん。情報を遮断した連中に、そんなことが分かるはずもない」
「そういうこと。ねえ公爵、今回のボクの作戦はどうよ?」
トーコの自己採点では、かなり会心の出来だと思っていた。
なにしろ合理的にスズハの兄が国の顔──つまりトーコの支配下にあることが大々的にアピールできる。
そこにはトーコの誰にも言えない思いがあった。
つまり。
──一緒にいるのはユズリハでも、自分だってスズハの兄とばっちり繋がっているぞ、ということを世間に知らしめなければならない。そんな思い。
決してスズハの兄がいない間は鮨が届けられないから王家の財政危機を回避できるとか、そんなチャチな理由では断じてない。
まあ何にせよ、トーコの中で今回の作戦はかなり点数が高いものだった。
けれど公爵の表情は、トーコの予想を裏切るもので。
「そうだな……」
「──なにその表情。公爵、ボクの作戦におかしなところあった?」
「いやそうではない」
「じゃあどうしてそんな、なんとなーく微妙に納得いかないような表情なのよ?」
「まさにそんな気分だからな」
「……?」
訝しげな顔のトーコに、公爵が一つ咳払いをして。
「一つ聞くが、お前の思い描いたとおりになったとして、その結果なにが起こる?」
「えっ? それは……オリハルコンや彷徨える白髪吸血鬼の情報収集はまず無理でしょ、そんな情報なんて持ってないと思うし。だから結局はスズハ兄にビビり散らかした連中が、焦ってウチの国と国交を持とうとしてくるとか、もしくは貢ぎ物の一つでも送ってくると踏んでるけど?」
「ワシもそう思う。だからこそ引っかかるのだ」
「どゆこと?」
「あの男が、その程度のぬるい成果で自重すると思うか?」
「えっ」
そう言われても、とトーコは思う。
トーコの王女時代から、国交を拒絶する潜在的敵国への対応は重要課題の一つだったし、内情だってスパイを放って分析もしている。
いくらスズハの兄でも、予想以上のことができるとは思えない。
「じゃあ公爵は、スズハ兄がなにしでかすと思うのさ?」
「そうだな、あんな弱小国家どもなどよりも遙かに重要で価値のあるモノ──例えばだ、これはあくまで仮の話だが、
「冥土の谷!!」
んなアホな、とトーコが鼻を鳴らした。
冥土の谷とは大陸のどこかにあると囁かれている、超一流の暗殺者養成機関である。
その谷にはあらゆる暗殺の技、そして大陸全土の極秘情報があると噂されている。
その谷に入ったら、超一流になるまで決して出ることはできないと言われている。
そして生きて出られる確率は、千分の一に満たないとも──
まあ正直なところ、ただの伝説の類いであって実在なんてしないであろうというのが、王家の諜報部隊が出している結論だ。
「いやいや公爵ってば、いくらスズハ兄でもそれは絶対不可能でしょ!? なにバカなこと言っちゃってるのさ!」
「う、うむ……我ながら、つい空想じみたことを言ってしまった」
「全くだよ! いくらスズハ兄でも、無理なことは無理なんだからね!」
──スズハの兄が現在、どこへ向かっているか知らない二人は。
そう言って、大笑いしたのだった。
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