第113話 ご主人様はご主人様だから、問題ない
ぼくの領地であるローエングリン辺境伯領もたいがい辺境なのだけれど。
カナデの言うメイドの谷がある場所は、もうそれどころじゃなかった。
なにしろ半径数百キロにわたって、人間の集落が存在しないのだ。
「どうしてそんな僻地で、メイドを育成してるのさ……?」
「メイドは影。だれも知らない、知られちゃいけない。それがメイドのふるさと」
「それにしてはこの前、あっさりと聞かされたような……?」
「ご主人様はご主人様だから、問題ない」
旅のメンバーはぼくの他に、スズハ、ユズリハさん、カナデとうにゅ子の総勢五名。
スズハとユズリハさんはいいとしても、メイドのカナデと幼女のうにゅ子には、普通に考えれば連れて来るのは無理があるけれど。
まあメイドの養成機関があるくらいだし、大丈夫だろう。
****
最初こそ街道沿いを旅していたぼくたちだけど、すぐに街道を外れて森を抜け、高山を越えて最短ルートを突き進む。
とは言っても、その内実は半分ピクニックみたいなもので。
「──さて兄さん、今日は何で勝負しますか?」
「うーん」
ぼくたちは旅の途中、暇つぶしに一日一回、勝負をしていた。
その日のお題をぼくが決めて、勝者はなんでも一つだけお願いができるというもので。その結果。
スズハが勝ったときには、夕食後にスペシャルマッサージ満漢全席版を要求されたり。
ユズリハさんが勝ったときには、翌日一日中肩車をさせられたり。
カナデが勝ったときには、メイドに迫る鬼畜領主プレイ(未遂)をさせられたりした。
誰にお願いしてもいいはずなのに、ぼくにしか要求が来ないのはなぜなのか。
「じゃあ今日は、狩りにしようか」
「狩りですか」
「食事用に獲物を見つけたらさ、誰が獲物を狩れるかを勝負するってことでどう?」
「いいでしょう兄さん。腕が鳴ります」
「ふふふ。わたしが剣だけでなく、弓も得意だということを示す時が来たようだな!」
「……負けられない戦い。蝶のように舞い蜂のように刺す、それがメイドのしんずい」
「うにゅー!」
それからぼくらは険しい山を登り、良さそうな獲物を見つけたのは昼過ぎのことだった。
「あれでどうかな?」
「あれは……ドラゴンでしょうか?」
「いやスズハくん、あれはワイバーンだ」
ワイバーンとはドラゴンの小型劣化版みたいなやつで、案外獲るのが難しい。
そのワイバーンが、遙か向こうの上空を悠々と飛んでいる。
どこかの人里を襲いに行く途中かもしれない。
「ラッキーだね。ワイバーンは美味しいんだ」
「ですね、兄さんの料理が楽しみです」
「いや二人とも。ワイバーンは優秀な騎士団がいなければ、小国ですら滅ぼすんだが? ……まあいいか」
なぜか釈然としていなそうなユズリハさんを含め、それぞれ遠距離攻撃の準備を始める。
「ん……しょっ」
スズハが可愛いかけ声とともに、近くにあった推定重量五トンの岩を頭上に持ち上げて投擲準備に入り。
「もらったな。スズハくんは甘いぞ、もっと飛びそうな形状のものを選ばないと」
ユズリハさんが、高さ二十メートルの大木を地面から引っこ抜き槍投げの構えをして。
「うにゅー!?」
……カナデが頭上のうにゅ子を使って狙いを定めたので、それはさすがに止めた。
「カナデ、うにゅ子を投げちゃいけません」
「うにゅ子は頑丈、いくら投げても大丈夫。それにメイドは千尋の谷に投げて鍛える」
「いくら頑丈でもダメだよ!?」
ぼくがカナデを叱っている間に、スズハの投げた岩とユズリハさんの投げた木は……当たったけど撃ち落とせてないね。威力が足りなかったみたいだ。
仕方ないなあ。
「じゃあ後はぼくが」
そう言ってポケットに入っていた硬貨を取り出すと、狙いを付けて指で弾く。
ドンッッ、と爆発したような音と同時に硬貨が猛スピードで飛んでいって、一瞬後にはワイバーンの頭蓋骨を貫通した。
兄としていいお手本が見せられたぼくは少し得意げに、
「スズハ、弾は軽い方がスピードが出て威力が増したりするよ? こんな風に」
「……いえ兄さん、それ以前にワイバーンの頭が吹き飛んでるんですが……?」
「ワイバーンは頭が弱いからね」
「いやいやキミ、そういう問題じゃないだろう!? どうしてコインを指で弾いただけで、ワイバーンを瞬殺できるんだ!?」
「コツですよ」
ぼくにだってできるのだ、名だたるトップ女騎士であるユズリハさんならば練習すればすぐできるようになるだろう。
そんなぼくの言葉を聞いたユズリハさんが、なぜかすごく疲れたように呟いた。
「……ふう。キミの無自覚無双には慣れたと思っていたが、わたしもまだまだだな……」
どういう意味だろう。解せぬ。
****
ワイバーンも美味しく食べて、あとは寝るだけという時間。
「ところで兄さんは、勝者のお願いをどう使うつもりです?」
「えっと……?」
そういえば何も考えてなかった。
ふと見ると、冷静さを装って聞いてくるスズハの後ろで、ユズリハさんやカナデたちが息を潜めて聞き耳を立てている。
ぼくが酷いお願いでもすると思われているのだろうか? ちょっぴり悲しい。
「お願いしたいことも思い浮かばないし、別に無しでも──」
「いいえ兄さん。それはダメです」
スズハがずずい、と顔を近づけて、
「勝者が権利を行使しないのはいけません。というわけで、よく考えてください兄さん。何かあるはずです」
「えーと……?」
「仕方ない兄さんですね。例えば具体例を挙げるならば、いつも頑張っている可愛い妹を思いっきりナデナデしてあげたいとか、最近また胸元が大きくなった妹のスリーサイズが知りたいとか──」
「ちょーっと待った!?」
よそを向いていたはずのユズリハさんが、ちょっと待ったコールと同時にえらい勢いで駆け寄ってきた。
「ず、ずるくないかっ!? そんなこと言うならわたしだって、スズハくんの兄上と一晩中くんずほぐれつ特訓したいし、スズハくんの兄上が作る美味しい味噌汁を毎日飲みたいし、スズハくんの兄上の背中を一生守りぬきたいし!」
「それ全部ユズリハさんの願望じゃありませんか。却下です」
「スズハくんだって、全部スズハくんの願望じゃないか!?」
大騒ぎする二人に、ぼくはやれやれと肩を竦める。
そんな二人をよそに、すすすと寄ってきたメイドのカナデの頭を撫でて、
「カナデはこんなに静かでお行儀がいいのにね」
「ん。メイドは静か。なのでご褒美を要求する」
「なに?」
「──これからもずっと、カナデはご主人様のメイドでいたい」
「分かったよ。じゃあそれが、今日のぼくのお願い事だね」
「……ん」
カナデは小さく頷くと、ぼくに寄りかかってきて、やがて小さな寝息を立てた。
スズハも、できればユズリハさんも、カナデを見習っていただきたい。
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