第114話 メイドの谷

 山をいくつも超えた先、ぼくたちはようやくメイドの谷へとたどり着いた。


「えっと……ここがそうなの?」

「そう」


 見た感じは、谷の間にひっそり存在する田舎の集落といった感じ。

 とてもメイドさんの養成機関には見えないけれど──


「このまま進めばいい?」

「そう」


 集落に入ると、音もなく現れる数人のメイド。

 年のころも姿格好もカナデと変わらない、どこからどう見てもメイドさんである。

 しかも足音を完璧に消しているあたりに、メイドとしての熟練度がうかがえた。

 優秀なメイドを見慣れている公爵令嬢のユズリハさんも、思わず目を丸くしたようだ。


「えっ? ……えええええっ!?」

「いやあ、みんな熟練してますねえ」

「いやいやいや!? メイドが静かに歩くのは基本だが、でもここは砂利道だぞ!? なんでその上を音も無く歩けるんだ!?」

「メイドだからじゃないでしょうか?」

「メイドだぞ!? 暗殺者じゃないんだぞ!?」


 なるほど、つまりユズリハさんから見てもハイレベルなメイドさんたちということか。

 さすがはカナデの出身地。

 メイドさんたちは、ぼくたちを警戒しているように遠巻きにしていたけれど、後ろからカナデがスッと姿を見せると一斉にカーテシーをして。


『校長先生──!』


「うむ……みな、出迎えごくろう」

「ええっ!? カナデって校長先生なの!?」

「そう。メイドの谷は、歴代でいちばん優秀だったメイドが校長先生になるおきてがある。だからカナデが校長先生」

「そうなんだ。凄いねカナデ」

「……そうでもない……むふふ……」


 カナデはドヤ顔になる自分の表情をなんとか隠そうとしているが、緩んだ頬と膨らんだ鼻は隠せていなかった。


「うにゅー!」


 カナデの頭上に乗ったうにゅ子も、カナデの偉大さに目をキラキラさせているようだ。その気持ちすごく分かる。

 ぼくもカナデの主人として鼻が高い。


 ****


 集落の中を歩いていくと、そこかしこに罠が巡らされているのが分かった。


 一見なんの変哲も無い場所に、落とし穴が掘られているとか。

 木の上から檻が降ってくる仕掛けとか。

 よく分からないけど、きっとメイドの教育に必要なんだろう。多分。


「うーん……」

「どうしたのスズハ?」

「なんかこうですね、メイドというよりどこか盗賊の根城みたいな雰囲気があるような。上手くは言えないんですが……」

「ああ、スズハくんの言いたいことは分かる」

「ユズリハさん?」

「わたしの感想だとニンジャっぽい感じかな。遙か東方の島にいるという伝説の──」

「へえ、そんなのあるんですか」


 つまりメイドの谷は、ユズリハさんから見ても東方の文化をも取り入れた最新のメイド養成機関なのだろう。

 たいしたものだと感心した。


 ****


 集落の中でもひときわ大きい家に通されて、みんなでゆっくりしていると。

 カナデがくいくいとぼくの裾を引っ張ってきた。

 どうしたのかと聞いてみる。


「──え? メイドの訓練を手伝って欲しいって?」

「そう」


 それからのカナデの説明をまとめると。

 本来メイドというものは、主人の命令を聞いてなんぼなわけで。

 けれどメイドの谷では、主人役はいても、ほんとうのご主人様は存在しない。

 なのでぼくに、メイドの谷での主人役をやって欲しい──ということらしい。


 もちろんぼくとしても異論はない。


「メイドの谷には、オリハルコンと彷徨える白髪吸血鬼の情報収集で来たわけだからね。そのお返しになるかは分からないけど、訓練の手伝いくらいいくらでもやるよ」

「……ご主人様にそう言って貰えると助かる」

「あれ? でもカナデがメイドの谷の校長先生なら、わざわざ直接ぼくたちが来なくても良かったんじゃ……?」

「……そ、そんなことない……」


 それならどうして、カナデはぼくの目を見て答えないのかな?

 まあいいけどさ。

 こちらから頼み事をするのに、挨拶の一つ出向かないのも気持ちいいものじゃないし。それに。


「カナデはぼくに、メイドの谷を見て欲しかったんでしょ?」

「……そう。あともう一つ」

「うん?」

「──ここのみんなを、『ほんとうのご主人様』に出会わせたかった」


 それがどういう意味なのか、ぼくにはよく分からなかったけれど。

 カナデの瞳はすごく真剣で。


「──だから、メイドの谷のみんなを、一人残らずぶちのめしてほしい」

「どういうことなのさ!?」


 ****


 それからカナデに連れてこられたのは、メイドの谷の最も奥底になっている場所。

 そこでは数百人はくだらないだろう数のメイドさんたちが、一心不乱に訓練していた。

 具体的には、何かをナイフで突き刺す訓練をしていた。

 それをメイドの格好をした少女が、完璧に同期したタイミングで繰り返すのだ。

 その光景たるや、ホラー以外の何物でもない。


「えっと……これは……?」

「くんれん」

「なんでナイフを振り回してるのさ!?」

「ナイフはメイドの仕事の。ナイフが上手く使えれば、なんでもできる。だからとても大事」

「そ、そうなんだ……?」


 そう言われれば、そんな気もする……かな……?

 まあそれはそれとして。


「ねえカナデ」

「なに?」

「ぼくはなんだか、嫌な予感がするんだけどね」

「どんな?」

「そうだね。具体的には、ぼくがメイドさんの群れに襲撃されて、四方八方からナイフでめった刺しにされるような」


 自分で言いながら、まさかねと思う。

 だってそんなの、明らかに猟奇殺人の類いだ。

 どんな使用人を虐待しまくった悪徳領主だって、そこまで至るのは滅多にいない。


 けれど、カナデはぼくをじっと見て。


「さすがカナデのご主人様」

「え? なに?」

「だいぴんぽん」


 ──気がつくと、いつの間にかメイドさんはナイフの素振りを止めていて。

 けもののようにギラギラした目を、ぼくの方に向けていた──!

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