第198話 兄さんカルトクイズ

 ぼくは宿の亭主の正面まで戻って、取りあえず確認。


「確認しますけど、この宿は貴族しか泊まれないんですよね」

「お偉いさんの紹介とかあれば別だが、まあそうだな」

「じゃあ例えば、辺境伯とかどうですかね?」


 念のため先に確認。

 ここで「いや、辺境伯くらいじゃ泊められねえ」とか言われたら作戦不成立だ。

 すると亭主が、なぜかニヤリとぼくに笑いかけたかと思うと。


「そりゃお前、辺境伯なら当然泊める。だが部屋のランクってもんがあるわな」

「そうなんですか?」

「そりゃ当然よ。男爵や子爵なら、それなりの部屋。にしたって部屋は三間繋がってるし部屋には個室露天、床の間には偉い聖女さんの書が飾ってあるし布団だってフカフカだぜ。専用の小さな庭まであるしな」

「極楽じゃないですか」

「しかしだ。ウチで一番の客室はもっと凄い」

「ほうほう」

「最上階が丸ごと一つの客室になっててな。広さは普通の客室の十倍以上、眺めも全方向遮るものがないから抜群で、一つ下の階には部屋と同じ大きさの専用岩風呂がついてくる。部屋の中が二階建てになってる、いわゆるデュプレックスってやつだ」


 部屋の中が二階建てなんて、そんな贅沢な室内空間があるのかとビックリする。


「部屋にある壺や掛け軸なんかも、当然桁違いよ。初代サクラギ公爵の書まであるからな。まあここに泊まれるのは王族か、せいぜいサクラギ公爵かってところだが──」

「はあ……」


 そこまで凄いと逆に現実離れして、ぼくにはよく分からない。


「それで、辺境伯クラスだと?」

「そうそこよ」


 宿の亭主がますます笑みを深くして、


「辺境伯には二通りある。──今のローエングリン辺境伯と、それ以外だ」

「へ?」


 突然名前を出されてびっくりするぼく。

 そんなぼくの驚きに気づかない亭主が続けて、


「ローエングリン辺境伯以外は……まあアレだな。それなりの部屋よりは確かに上だが、最上級というわけでもねえ。ウチの宿で三番目くらいにいい部屋に通す」

「すると、ローエングリン辺境伯は……?」


 やはりアレか、アイツは庶民同然だからウチに泊まらせる部屋は無いと言われるのか。もしくは馬小屋。

 ぼくがそんな風に身構えていたら。

 宿の亭主は、まるっきり正反対のことを言い出した。


「──全館だ」


「へ?」

「当然だろ? 全館まるごと貸し切り、もちろんお代はいらん……それじゃ足りんよな。街中の連中を総動員して歓迎のパレード。料理は街中から最高のものをありったけ出す。ああ、是非とも永久名誉町長は受諾して欲しいな。それに……」

「あの、どうしてそんなことに!?」


 ぼくの当然すぎる疑問に、宿の亭主はふっと遠い目をして。


「──助けられたのさ。おれだけじゃない。この集落の連中たち全員が、な」

「というと……?」

「昔のこの街は、そりゃもう酷いもんだった。この一帯は国境の狭間なんだが、まあ前のローエングリン辺境伯も、ウエンタスの領主もクソ野郎でな……」


 ──それから話を伺うと。

 どうやら国境の境目にあるこの温泉街、昔から両国の領主に搾取されまくったらしい。

 貴族に人気の高級温泉街として名が売れていたことで、逆に目を付けられてたんだとか。

 ただでさえロクでもない内政の領主、それを二重で喰らい続ける状態。

 何百年もの間、華やかな温泉街の顔の裏で住民は重税や徴兵なんかでこき使われまくり、疲弊し切っていたのだとか。


 ところがだ。

 あるとき辺境伯がぼくに代わり、そしてもう片方の領主も倒して領土を併合した。

 これだけでも負担は半分になる。

 温泉街の住民はもう大喜びだった。


 しかも新しい辺境伯が派遣した役人は賄賂など要求せず、税制は分かりやすく公平で、不正のお目こぼしを頼んで金貨を渡そうとした腐敗商人を取り調べ処罰して。

 以前と比べて、まるで夢のように暮らしやすくなったのだという──


「……おれたちは、お役人に何度もお礼を渡そうとした。だがお役人はこう言うんだよ。『我々は新しいローエングリン辺境伯のお考えに沿って、当然の仕事をするだけだ』てな。涙が出たぜ。おれたちはずっと、その当たり前を受けられなかったんだからな……」

「庶民は自分たちを敬えって態度取ってるくせに自分はただ搾取するだけのクソ貴族って、この大陸には大勢いますよね……」


 ぼくも根が庶民なのでよく分かる。

 なんだか済まなそうに縮こまっているトーコさんを横目に見ながら、


「でもまあ、そうでない貴族もいることはいるわけで──」

「おう。おれたちも、そのことが初めて分かった。──貴族ってのは大抵クソ野郎だが、中には今の辺境伯のような、神にも等しいお方がいるってことをな──!」


 さすがにそれは大げさすぎだと、口を開こうとした刹那。

 スズハがバカでかい声で、いきなり叫んだのだった。


「──その通りですッッッ!!」


「おっ、若い姉ちゃんもそう思うか」

「兄さんの素晴らしさ、偉大さをそこまで分かっているとは! なかなかやりますね!」

「姉ちゃんこそ、ローエングリン辺境伯を『兄さん』呼びとは驚いた。その愛称は、余程のコアなフリーク以外使わない呼び方だぜ? なんたって、あの辺境伯の妹くらいに自分は辺境伯についてマニアだって宣言したのも同然だからな。──ちなみにこのおれも、辺境伯についてはちいとばかり煩いんだがな?」

「誰であろうと負けません。わたしが世界で一番兄さんのことを知っています」

「ほほう……勝負するか?」

「コテンパンに叩きのめしてあげますよ」


 ……なんか、収集がつかなくなっていた。

 筋書きだとぼくが辺境伯だって名乗る予定だったけど、もはやとてもそんなこと言える状況じゃなくて。

 トーコさんが「ほらやっぱりね」とジト目で語ってくるのが辛い。


 ****


 その後、スズハと宿の亭主が二言、三言交わした結果。

 スズハと宿の亭主はなぜか意気投合したらしく、がっしと腕をクロスさせつつ。


「姉ちゃん気に入った、特別に全員まとめて泊めてやるぞ」

「ふふ、街中の兄さんマニアを連れてきてください。だれが兄さんの本当の妹なのかを、しかと思い知らせてあげましょう──兄さんカルトクイズで!」

「いいだろう。この街一番の兄さんフリークで返り討ちにしてやろう!」


 ……なんだか妙な方向で盛り上がってるので、そっと目を伏せる。

 するとそこには、なぜか妙に感心した様子のツバキがいて一言。


「さすが、兄様王ターレンキングは地元の人気も絶大なのだ……!」


 そう言えばと思い出す。

 ツバキって、ぼくが辺境伯だってことまだ知らないんだよね。

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