第199話 兄さん横断ウルトラクイズ(予選)

 スズハが宿の亭主と意気投合したおかげで、なんと部屋を確保できた。

 しかも大幅割引で。

 お客としては貴族しか泊められない高級宿だけれど、知人が訪ねてきた時に空いている部屋に泊まる分にはオッケーなのだとか。

 つまりぼくらはクイズマニアの亭主の友人スズハとその一行、というわけだ。


 さすがに部屋としては一番下のランクだけど、それでも個室露天や専用の庭までついた豪華なお部屋。

 さすがは貴族専用。

 ぼくなんかは最高だけど、女王のトーコさんはどうなんだろうと様子を窺ってみると、なんだか凄くニコニコしていた。

 女王なのに最上ランクの部屋を使えないことは、別に気にならないみたいだ。


「いやー、スズハ兄のおかげでかなりお得に泊まれたわ!」

「そういうところって、トーコさん庶民っぽいですね……あとぼくのおかげではなくて、スズハの手柄ですよ?」

「そんなことないでしょ。スズハ兄の統治がいいからこそ二人で意気投合したんだから、やっぱりスズハ兄の手柄だって」

「前の統治者がクソ過ぎた気もしますけどね……」


 そこを深掘りしていくと昔の王家の責任とかも出てきそうなので、深くは触れないけど。

 スズハが後ろから声を掛けてきて、


「では兄さん、わたし出掛けてきますので」

「どこに行くの?」

「史上最大、第一回、兄さん横断ウルトラクイズの予選です!」

「なにを横断するってのさ……?」

「ちなみにわたしがクイズで優勝したら、泊まる部屋を最上ランクにしてくれるって言ってました!」

「行ってらっしゃい……」


 まあアレだ。スズハは旅行先で新しい知人ができた、と考えればいいことなのだろう。意気投合した内容はさておき。

 まるで戦争に出陣するみたいに肩をいからせ出て行くスズハの背中を見送って、


「じゃあぼくも出てきます」

「ん? スズハ兄、なにしに行くの?」

「ダンジョンの情報収集に」


 トーコさんは温泉でゆっくりするのが目的だけど、ぼくはダンジョンでユズリハさんの食材を獲ってくるのが目的である。


「カナデも行く」

「拙も一緒に行くのだ」

「うにゅー!」


 というわけでカナデとツバキ、うにゅ子と一緒に出掛けることになった。


 ****


 宿屋の仲居さんに話を聞いて、紹介されたのがダンジョン協会。

 よそから来た人間への案内所も兼ねているというので、そちらに向かう。

 出迎えてくれたのは、いかにも冒険者という感じの壮年の男性だった。戦斧が似合う。

 伝説の種族、ドワーフに似ているなと思ったのはナイショだ。


「いらっしゃい。ダンジョン探索希望かい?」

「はい、そうなんです」

「そうか。基本的なことを説明するか?」

「お願いします」


 それからぼくたちは、ダンジョンの基礎的な知識を一通り聞いた。

 ダンジョン内では、可能ならば助け合うこと。

 ダンジョン内の魔物は、ダンジョンの外にいるものより強いこと。

 そしてダンジョン内は通路が複雑に入り組んでおり、また罠などの危険な場所もあって、遭難も多発していること。

 なので基本的に、自分のような案内人を雇うのがベターであること。


 そんな話を一通りして、案内人のおじさんが話を続ける。


「まあダンジョンに入る目的によっても、大きく違うがな」

「そんなに違うんですか?」

「もちろん。ダンジョンの観光が目的なら、なるべく魔物に出会わないよう観光ルートを一周すればいい。しかし鍛錬や腕試しが目的なら、それじゃ意味ないからな」

「なるほど」

「それで、兄ちゃんの目的は?」

「食材を獲りに来たんですよ」


 さすがにユズリハさんが云々という部分は伏せて、世話になった友人をお祝いするため自分で食材から獲って調理した料理を食べさせたい、と答えると。

 案内人さんは顎髭を撫でながら、ふむと考え込んだ。


「それだと、できるだけダンジョンの奥に行くことが必要だな」

「そうなんですか?」

「ああ。ダンジョンってのは基本的に、深い階層に進めば進むほど強い魔物がいるんだ。そして強い魔物の方が美味い」

「ほうほう?」

「まあ、ダンジョン産の美味い魔物が世の中に簡単に出回らない理由だな。そうでなきゃ乱獲されてるに決まってる」

「確かにそうですね」


 とはいえ、魔物の強さと美味しさに相関関係があるとは知らなかった。

 ぼくが意外な知識に感心していると、


「当然ながら、ダンジョンは奥に行けば行くほど危険だ」

「はい」

「つまり腕の良い案内人が必要になる。時には命懸けになるし、腕の良い案内人ってのはいつだって人手不足だしカネもかかる。そこが問題だな」

「そうですね」


 腕の良い人材は、いつでもどこでも不足しているものだからね。


「おれのスケジュールが空いてれば兄ちゃんを案内してやれたが、もう予約が入ってる。残念だったな」

「へえ、腕利きなんですね」

「おうよ、まあこの街で一番だ。なんたって──」


 そこでおじさんは、ドヤ顔でとんでもないことを言い放った。


「なにしろおれは、あの兄様王ターレンキングの案内もしたことがあるんだぜ!」

「えええええっっっ!?」


 断言するけど、ぼくは間違いなくこのおじさんとは初対面である。

 でもまさか、兄様王ターレンキングなんて恥ずかしい渾名で呼ばれている人が、ぼく以外にいるとも思えないんだけど……?


「……ちなみに兄様王ターレンキングって、どんな人でした?」

「ん? そりゃおめえアレよ。もう背が高くてハンサムで筋肉モリモリで」

「はあ」

「背中にはグレートソードを担いでて、笑顔になると白い歯がキラリと光って」

「はあ」

「それよりもアレだよ、もう全身から滲み出てくるオーラが凄いのなんの。ああいうのを絶対王者のオーラって言うんだろうな」

「はあ」

「でも評判以上に、えらく謙虚なお方でな。絶対に自分から兄様王ターレンキングとは名乗らないし、だからこっちも我慢してたんだが、案内が終わって別れ際って時に、つい我慢できなくて聞いたんだよ。兄様王ターレンキングですかってね。そしたら小声でおれに耳打ちしてくれたんだよ。黙っていてくださいね──ってな」

「…………」


 それはひょっとしなくても、ぼくのニセモノじゃないのだろーか?


 ぼくの顔は今、もの凄くしょっぱい顔をしている自信がある。

 ふと目線を移すと、カナデが俯いて、肩をプルプル震わせていた。

 あれは絶対、笑いをこらえているに違いない。

 そのカナデの頭に乗っているうにゅ子は、声こそ上げてないけどとても楽しそうな顔でカナデの頭をぺしぺし叩いていた。

 そして唯一ぼくが兄様王ターレンキングと呼ばれていると知らないツバキが、


兄様王ターレンキングの話をもっと聞かせて欲しいのだ!」

「お? 姉ちゃんも兄様王ターレンキングのファンか? 兄様王ターレンキングを案内したおれのサイン欲しいか?」

「いらないのだ。それより、もっと兄様王ターレンキングのことを聞かせて欲しいのだ。なぜなら拙は──兄様王ターレンキングを越えるために、東の大陸からやって来たのだ!」

「そうか、姉ちゃんも大概マニアだな! よし任しとけ!」

「よろしくお願いしますのだ!」


 ……そこから先は、なぜか謎の兄様王ターレンキングの話題で大盛り上がりだった。

 断じてぼくのことではない。

 その兄様王ターレンキングやらと違って、ぼくは口から火を吐いたり、目からビームを出したりしない。ついでにモテモテハーレムを作ったりなど断じてしない。


 カナデは終始すまし顔でクールなメイドの体裁を保ちつつ、こっそりとおっぱいの下をつねって笑いを堪えていた。あと少し肩が震えていた。

 うにゅ子は笑いすぎてひきつけを起こしていた。


 そしてツバキは。

 兄様王ターレンキングてつく波動で魔獣を粉砕したとか、炎のオーラでゴブリンを倒したなどと聞くたび「ふおぉ、さすが兄様王ターレンキングなのだ……!」とか滅茶苦茶感心していた。


 いくら出身が異大陸だからって、疑いもしないのはどうかと思う。

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