第200話 なんで山奥の旅館で、海の幸がわんさか出るのか

 ようやく話が終わって宿に戻ると、トーコさんが不思議そうに聞いてきた。


「なんかツバキ以外、全員疲れてるみたいだけど……?」

「まあいろいろありまして……」

「ふうん?」


 まさかぼくのニセモノの話で滅茶苦茶盛り上がってたとは、トーコさんでも思うまい。

 もっとも盛り上がってたのは、ツバキと案内人のおっさんの二人だけど。

 カナデとうにゅ子は爆笑しすぎで、ぼくは精神的なダメージで疲労困憊だよ。


「そういえばスズハは?」

「一度帰ってきたけど、スズハ兄ウルトラクイズの決勝だって言ってまた出てったけど。帰るのは朝になるからって」

「それですか……」

「絶対に優勝して帰ってくるって意気込んでた」


 まあ普通に考えれば、スズハが優勝するのは当然で。

 なぜならば、兄のぼくに関するクイズなのだから。


 そんな気合い入れる必要なんてないのに、なんて淹れたお茶を飲みながら考えるぼくに、カナデが音もなく忍び寄って耳元で囁いた。


「……白い歯がきらり……絶対王者のおーら……」

「ぶはっ!?」


 脳内にさっきのデタラメな会話が瞬間再生されて、思わずお茶を噴きだしてしまう。


 そしてちょうど、ぼくの前にはトーコさんがいて。

 見事、お茶を被ってずぶ濡れになってしまったのだった。


 それからカナデと二人、土下座して謝り倒したのは言うまでもない。


 ****


「本当に、ほんっとうに済みません……!」

「もういいってば。スズハ兄に悪気があったわけじゃなし」

「そう。わるぎはなかった」

「カナデは後でお説教だからね?」


 そんなことを言っていると、仲居さんから「お食事の用意ができました」との声。

 そして案内された食事処に入ると。

 トーコさんを除く一同は、思わず感嘆の息を漏らしたのだった。


『ふわぁ……!』


 そこには貴族専用旅館というにふさわしい、豪華な料理の数々が。

 まず目に飛び込むのは、テーブルの中央に鎮座する一メートルほどある巨大な魚。

 あれはもしかして、庶民にはまったく縁の無い幻の高級魚、クエではなかろーか?

 そのほかにも巨大なカニや、サシの入りまくったお肉が並び。


 これはもう、この世の極楽と言ってもいいのでは……?

 そんな今にもヨダレが落ちそうなぼくたちと違い、生まれながらに貴族中の貴族であるトーコさんは苦笑して。


「ボクさ、いっつも思うのよね。なんで山奥の旅館で、海の幸がわんさか出るのかって」

「というと」

「せっかく山奥なんだから山菜料理とか、取れたてのイノシシとか出せばいいのにさあ。スズハ兄はそう思わない?」

「ああ……こういう山奥だと、海の幸って凄く手に入りにくいご馳走ですからね。一方で山菜とかイノシシとかって、いつも自分たちが食べてる料理でおもてなしにならないって考えるみたいですよ」

「なるほどねー。でもボクたちからしたら、もし海の幸が食べたけりゃ港町に行くよって気がするけど」

「まあまあトーコさん。そんなことよりも世の中、一つの絶対的な真理があります」

「なによそれ?」

「美味けりゃなんでもいいんです」


 貴族みたいに、地位が高くなればなるほど料理にヘンテコな意味を付けがちになる。

 けれど庶民にそんなことは関係ない。

 美味けりゃいい、とは古今東西変わらぬ真理なのだ。


 そして。

 席に着いてさあ食べるぞという時に、トーコさんがこんなことを言い出した。


「──ねえスズハ兄。さっきのお茶事件のお詫びってわけじゃないけど、ちょーっとだけお願いしてもいいかな?」

「もちろんです」


 トーコさんが相手でなければ、切腹だってあったかもしれない事件である。

 もちろんぼくは、何でも言うことを聞くつもりだった。


「……ぼくの分を食べたいならどうぞ、もちろんカナデとうにゅ子の分も……!」

「!?」

「うにゅー!?」


 覚悟を決めるぼくに、トーコさんは苦笑して首を横に振り。


「んなわけないでしょ。──スズハ兄ってばさ、今でもたまにスズハに、料理を手ずから食べさせてあげるんだって?」

「えっと、まあそんなこともあります。……でもよく知ってますね?」


 スズハは外見こそ滅茶苦茶立派に育ちまくったものの中身はまだまだお子ちゃまなので、ご褒美だとか損ねた機嫌を直して欲しい時「あーんしてください」と要求することがある。

 ちなみに大抵「もしくは一緒にお風呂に入ってください」と二者択一を迫ってくる。


 とはいえいい年した兄妹で食べさせるのはさすがに恥ずかしいので、誰かがいる前ではやってないのだけれど……?

 だからなんで知っているのかと驚いていると。


「そりゃもう。スズハが自慢してくるもん」


 まさかの本人が情報源だった。


「スズハが言うにはさ、スズハ兄が食べさせてくれると料理が十倍美味しくなるんだって。だからそれが本当かどうか、ボクも実験してみようと思ってね?」

「それは実験されるまでもなく否定されるのでは?」

「んなこと分かんないでしょ? スズハ兄の溢れる魔力がいい感じで料理に染み込んで、味が変わるかも知れないし」

「分かると思いますけど……?」


 とはいえ魔術の専門家でもあるトーコさんに言われると、無下に否定もできない。

 それに今回については最初から、ぼくに拒否権などないのだ。


「というわけで、ボクも一回、スズハ兄に食べさせて貰おうと思ってさ。どう?」

「──承知しました。あと確認なんですが、スズハにやるのとまったく同じですか?」

「それがいいかな。やり方が違ったら、スズハの言うことが本当か分からないし」


 そういうことなら覚悟を決めるしかない。

 ぼくは深く深呼吸すると──大きくあぐらをかき、脚の間をポンポンと手で叩いた。


「どうぞ」

「え?」

「スズハはまず、ぼくの脚の間に座ります」


 トーコさんが慌てまくって、


「え、えとっ……! 普通に料理を持って『あーん』とかじゃないの……!?」

「スズハ曰く『あーん』とはまず姿勢からだとか。ぼくにはよく分からんですが」

「それって騙されてない!?」

「そんなことはないと思いますが……?」


 スズハにとって兄でしかないぼくに、そんなウソをつく必要が思い浮かばないからね。

 それこそ恋人同士じゃないんだから。

 とはいえトーコさんが躊躇する気持ちも分かる。


「どうします? 止めてもぼくは問題ありませんけど」

「うううっ……!」


 トーコさんは滅茶苦茶葛藤したようだが、結果として続行を選んだようだ。


「お、お邪魔します……!」


 ぼくの脚の間にすっぽり収まって座るトーコさん。

 なので、ぼくの胸板とトーコさんの背中がくっついた状態になる。

 ここまでが第一段階。

 そして流れるように第二段階へ。


「次にトーコさんを片腕で抱きしめます」

「ななななんでよっ!?」

「スズハ曰く、ご飯を絶対こぼさないように、身体をがっちりホールドするためだとか。でももちろんトーコさんが嫌ならばハグは省略しても……」

「……嫌じゃ、ない……」

「そうですか? もし嫌なことがあったら、すぐに言ってくださいね?」


 トーコさんの発育過剰すぎる胸元には触れないように気をつけながら、左腕を後ろから回して抱きしめる。

 このとき、かなり強めにギュッと抱きしめるのがコツだ。

 少なくともスズハの場合は、こうすると力が抜けてリラックスするのだ。


 果たしてトーコさんも、ピクリと身体を震わせて。

 やがて全身の力を抜いて、まるでタコみたいにふにゃふにゃになるのだった。


「──なんだか、トーコの顔が真っ赤なのだ。どうしたのだ?」

「ううううっさいわね! なんでもないわよっ!」


 正面から見ているツバキの言うように、トーコさんが耳まで真っ赤になっていることが後ろからでも分かる。

 でもスズハにやるときも同じ反応だし、トーコさんが平気だと言うなら大丈夫だろう。


「じゃあ食べさせますね。まずは何から?」

「うううっ……もう何でもいいわよ……!」


 なぜか涙声のトーコさん。食べる順番はぼくにお任せらしい。

 というわけで、肉や刺身を手際よく食べさせていく。


 ふと気づくとツバキが、ぼくたちをガン見しながらカナデに話しかけていた。


「たいしたものなのだ」

「……なにが?」

「あの流れるように食べ物を口に運ぶ動き。そこに一部の迷いも感じられないのだ」

「……それが?」

「気づかないのだ? あの男には、トーコのバカでかいおっぱいに隠れて料理がまったく見えないはずなのだ」

「……!?」

「なのに、あの男の箸捌きは一片の迷いもなく、それでいて醤油の一滴もこぼさない……つまり視覚に頼らず、空間を把握していることに相違ないのだ……」

「……さ、さすがカナデのご主人さま……!」

「それに食べさせるタイミングも完璧、トーコの舌の余韻が消えて次の料理が欲しくなるまさにベストタイミングで、口元に欲しかった食材がそっと添えられるのだ……まさしくアレは、剣の達人の刀捌きそのもの……!」


 ツバキたちが大げさに驚いていたようだけど、んなアホな。

 ぼくはもちろん、ただトーコさんに料理を食べさせただけで。


 ****


 結局、二時間かかるコース料理が終わった頃には。

 トーコさんはなぜか全身が茹でダコみたいに真っ赤になって。

 ツバキとカナデは、ぼくを尊敬する目で見つめ。

 うにゅ子はいつも通り、食べ過ぎた腹を出してひっくり返っていたのだった。

 

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