第201話 はじめてのおるすばん
翌朝、大会に出ていたはずのスズハが泣きべそで帰ってきた。
「兄さん、兄さんっ! うわあぁぁん!」
「なに、どうしたのさ?」
そういえば昔はよくスズハが泣きながら帰ってきたものだ、なんて思い出しながら。
ぼくの胸に頭頂部をぐりぐり押しつけてくるスズハに話を聞くと。
「申し訳ありません! わたしとしたことが、大会で優勝できませんでした──!」
「ええっ!?」
スズハが出てきたのは、あんまり認めたくはないけどぼくこと
ならば妹のスズハが、温泉街の人たちに負けるとはとても思えないんだけど。
どういうことかと首を捻っていると、
「まあ得てしてそういうもんよ」
「トーコさん?」
「例えばさ。スズハ兄って、今のローエングリン辺境伯が何代目なのか知ってる?」
「……いいえ」
「辺境伯が正式に交代したのは何月何日?」
「憶えてません……」
「そういうことよ。情報に飢えてる人間ほど、細かいことまで正確に覚えてるもんだし。もしスズハ兄が大会に出ても、予選落ち間違いなしじゃないかな?」
「そうかも知れませんね……」
まあ、トーコさんの言いたいことは分かった。
ぼくもスズハも、そういう細かいことを憶えているタイプじゃない。
ならばクイズ大会で負けても当然というわけだ。
「ところで、ぼくはこれからダンジョンに行こうと思うんだけど、スズハはどうする? 宿で寝てる?」
「もちろんお供します。兄さんが向かうところにわたしがいない選択肢はあり得ません」
まあスズハならそう言うかなと思ったけれど。
「でも徹夜だよね?」
「平気です! 訓練してますので!」
そう言えば、女騎士の訓練として数日間睡眠をとらず任務を遂行し続けるというものがあると聞いたことがある。
それに街の外では緊急時、野営時に眠れないこともあるわけで。
そう考えれば一日くらい眠らなくても支障は無いはずだ。
「じゃあスズハと、それにツバキは訓練目的で来たわけだし、ぼくと一緒にダンジョンに。トーコさんは宿でゆっくり──」
「ボクも行く!」
「……ええと……」
正直、ダンジョンに女王と一緒には行きたくない。
いくら安全に気をつけたって、世の中なにがあるか分からないのだ。しかし。
「スズハ兄ってば忘れてない? ボクはそもそも、この国一番の大魔導師なんだから! 魔物なんて、ボクの魔術で火の海だよ!」
「いえ、決してトーコさんの実力を疑ってるわけではなく……」
「へー。ボクにお茶ぶっかけておいて、ボクを置いてけぼりにする気?」
「……一緒に行きます?」
「うんっ!」
とてもいい笑顔で頷かれた。ダメだこりゃ。
そうなると、残るおるすばん役はといえば。
「よいかうにゅこ。ダンジョンでこそ、メイドのしんずいが問われる。こころせよ」
「うにゅー!」
「えっと、二人で盛り上がってるようだけどカナデはおるすばんね」
そう言うと、カナデが雷を打たれたようにショックを受けた顔をして。
「……なぜに!?」
「いや普通、メイドはダンジョンに連れてかないでしょ? あとぼくらが宿に置いていく荷物のおるすばん役もいるし、ダンジョン内で万一なにかあったときの連絡役もいるし」
まあ本来は、トーコさんにやってもらうつもりだったんだけど。
そのトーコさんがダンジョンに行くと言い張る以上、残るはカナデしかいないのだ。
ていうか、なんでメイドのカナデが一緒にダンジョンに入ろうとしてたのか謎だ。
「というわけで、カナデは昨日のお茶事件の罰も兼ねておるすばん。いいね?」
「……しょぼん……」
がっくりと肩を落とすカナデの背中を、うにゅ子がドヤ顔でポンポンと叩く。
それは同じメイド仲間を励ましているのか。
はたまた、後は自分に任せとけと言っているのか。しかし。
「言っとくけど、うにゅ子もおるすばんだよ」
「うにゅっ!?」
だってカナデが通訳しないと、うにゅ子がなに言ってるのか正確に分からないんだもの。
もちろん、今の幼女姿から成人した姿に戻ればそんなことないんだろうけど。
うにゅ子の魔力のコスパが幼女姿の方がいいらしいので、まあ仕方ないね。
「というわけで、二人はおるすばんよろしく」
「うにゅー! うにゅー!」
うにゅ子がまるで売られた子牛みたいに、つぶらな瞳をぼくに向けてきた。
まあぼくは、カナデが残ればうにゅ子はどっちでもよかったんだけど。
「……こうなれば、死なばもろとも……!」
「う、うにゅー!?」
カナデがまるでゾンビみたいに背後から手を伸ばし、がっちりうにゅ子を捕まえたので、結局おいていくことにしたのだった。
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