第214話 高山病
ローエングリン城の講義で、先生が言っていた。
標高が高くなると、高山病というモノにかかると。
その症状は頭痛や疲労、食欲不振、重症だと息切れなどを起こして、最悪では死に至る恐ろしい病であると。
そして白銀のダンジョンは、先へ進めば進むほど高度が上がる。
つまり順調にダンジョンを進むぼくたちの元にも、恐ろしい高山病の魔の手が音もなく忍び寄ってくるのだった──!
****
きっかけはスズハの一言だった。
「兄さん。わたし、なんだか疲れてきました」
「ん? どうしたの?」
「これはひょっとして、高山病というモノではないのでしょうか。というわけで兄さんの介護を希望します。具体的には、最近ずっと兄さんの抱きまくらポジションに就任してるカナデさんに代わり、わたしをお姫様抱っこで介抱してください」
「そりゃ困ったね……ちなみに、高山病には食欲不振の症状もあるみたいだけど?」
「幸いなことにそちらの症状はまだありません。なので軽症である今のうちに安静にして快復すべきかと」
「そうだねえ」
というわけで、取りあえずスズハを前にお姫様抱っこする。
こうすることで移動時にも休息し、疲労を回復させようというわけだ。
ちなみにカナデはぼくの頭の上へと移動した。
とりあえずこれで様子を見ようとしたところで、ユズリハさんがぼくの袖を引っ張った。
「なあキミ。その高山病というのは一体なんだ?」
「ああ、それは──」
ぼくが病気の説明をすると、なぜかユズリハさんがどんどん胡乱げな顔になっていき。
「んー、んんんー……?」
「どうしたんですかユズリハさん」
「ちょっと確かめたいことができた」
そう言ってぼくの腕の中にいるスズハに近寄り、テキパキと脈や体温など測っていく。
さすが女騎士、手慣れたものだと感心する。
「ふむ。脈や体温は正常、顔色も悪くない。気分はどうだ?」
「兄さんの腕に抱かれているので幸せです」
「疲れたと言っていたが具体的にはどの程度?」
「兄さんに運んで欲しいと思うほど疲れています」
「率直に言って仮病では?」
「……ソンナコトナイデスヨ?」
まあぼくも仮病ってことはないと思う。
なにしろいいことが何一つない。
せいぜいが、ぼくに運んで貰えるということくらいだ。
「よし分かった。なあスズハくんの兄上」
「なんでしょう」
「今日はここでかまくらを作って、休息するとしようじゃないか」
そうですねと口を開こうとする前に、なぜかスズハが大声で叫んだ。
「ええええっ!?」
「どうしたのさスズハ?」
「そ、それではわたしの計画が──もとい、まだ昼を過ぎたばかりですし、もう少し先へ進んだ方がいいのでは?」
「そうはいかない」
ユズリハさんが沈痛な表情で首を横に振り、
「スズハくんほどに鍛え抜かれた女騎士すらかかってしまう、高山病というのはそれほど恐ろしい病気なのだろう。それに我々の旅程はそこまで切羽詰まっているわけでもない。ならば先に進むより、万全を期してこのまま一日休む方が──」
「ちょ、ちょっとストップです、ユズリハさん!」
なぜかスズハが慌ててストップをかけると、ぼくの腕から下りて。
少し離れたところで、ユズリハさんと二人で話し始める。
「……ねえツバキ、あの二人どんな話してると思う?」
「拙がなんとなく想像するに、凄くくだらない話なのだ」
「そうなの?」
「しかもその上、既得利権をどうやって分配するかみたいな汚い話でもあるのだ」
「なんだそりゃ」
そんな話をしてたら、二人が戻ってきた。
なんだかユズリハさんが、やたらツヤツヤした顔をしている気がする。
「戻りましたか。じゃあちょっと早いですけど今日はもう──」
「ああいや、その必要はない」
かまくらを作るべく動こうとするぼくを、ユズリハさんが制止した。
「スズハくんの体調その他をいろいろ確認したが、問題となる点はなさそうだ」
「そうですか。よかった」
「ただし念のため、今日一日はキミが抱きかかえているのが良いだろうな」
「あれ? だったらやっぱり休んだ方が──」
「ああいやいや。あくまで念のためで、休むほどじゃあないんだ」
そこでユズリハさんは咳払い一つ。
「こほん。──ところでだな、スズハくんともよく話し合ったんだが、女騎士にとっても高山病は恐ろしい病気だ。明日以降、わたしも何度かそうなる可能性が極めて高いだろう。しかしわたしやスズハくんは鍛えられているので、かかったとしてもケアさえ十分ならばそこまで心配する必要はない」
「なるほど。ではそうなった場合、どうすれば?」
「半日ほど自分で動かず、キミにお姫様抱っこでもされながら動いていれば治るはずだ。だからその時は協力してほしい」
「分かりました」
だったらその日はそこで停滞でもいいと思うけど。
とはいえ、ユズリハさんはぼくとは違って忙しいから少しでも早く帰りたいはずだし、前に進みたいのは当然か。
あと、ツバキがなぜか「拙の予想通りなのだ」と言ってドヤ顔をかましていた。
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