第215話 マウストゥマウスによる人工呼吸

 どれくらいダンジョンを登り続けただろうか。

 階段を上った先で真っ青な空が目に飛び込んできたぼくたちは、ようやくダンジョンの頂上まで辿り着いたのだと知った。


「長かった……!」


 いや、本当に遠い道のりだったのだ。

 なにしろダンジョンの中は八割以上の確率で猛吹雪だったせいで、ホワイトアウトして目指す階段がどこにあるか分からなかったり。

 ダンジョンの魔獣が美味しすぎるせいで、ついつい狩猟にかまけてしまったり。

 スズハとユズリハさんが高山病にかかった結果、ぼくが抱きかかえて運んだり。

 それに──


「やはり大陸最高峰の頂上まで来ると酸素が薄いですね、兄さん」

「そうだね。少し息苦しいよ」

「というわけで、兄さんのマウストゥマウスによる人工呼吸を所望します」

「ダメだよ!?」


 マウストゥマウスなんて医療行為である点を除けば、ちゅーそのものである。

 即座に否定すると、ユズリハさんがしたり顔で頷きつつ。


「そうだぞキミ。兄妹でマウストゥマウスなどいけない。倫理にもとるからな」

「それ以前に必要ありませんしね。というわけでスズハは諦めて──」

「しかしわたしとなら兄妹ではないので、倫理的にまったく問題なしだ」

「身分的に大問題ですが!?」


 ていうか、未婚公爵令嬢とマウストゥマウスだなんて兄妹の百倍アウトである。


「なので、どうしてもマウストゥマウスを試したいのならツバキとでもやってください。ねえツバキ?」

「拙なのだ!? ……まあ、本当に治療で必要なら仕方ないのだ……?」


 なんか納得いかん、という顔をしつつも頷くツバキ。

 一方のスズハとユズリハさんは互いの顔を見合わせて。


「それは違うというか……なあスズハくん?」

「そうですね。それに兄さん、わたしたちとツバキさんではそもそもマウストゥマウスができません」

「なんでさ?」

「お互いの胸が大きすぎるので、つっかえて口づけができません」

「首を前に伸ばす努力をしようね!?」


 そんな益体もない会話をしつつ、山頂に住まうというロック鳥を待つ。

 何しろこのロック鳥、ちょっとした島ほどもある大きな魔獣だと言われている。

 つまり見つからないということは。

 探すまでもなく、今この近くにいないのは明白で。


「……いないね」

「いませんねえ、兄さん」

「うにゅー……」


 ということで、その日はかまくらを掘って野営することにした。

 それでもぼくらは、数日も待ってれば姿を現すだろうと期待していたけれど。


 それから何日経っても、ロック鳥は影も形も見せなかった。


 ****


 あまりにもロック鳥が姿を見せないので、ぼくたちは何か手がかりになる物はないかと頂上を捜索することにした。

 とは言っても山頂には降り積もった万年雪の他には、三百六十度見渡す限りの絶景しか見当たらず──


「何もありません、兄さん」

「ないねえ」


 案の定というべきか何も発見できないのだった。


「ひょっとしたらキミ、渡り鳥的に今は別の場所にいるとか……?」

「かもしれませんね」

「お主、これからどうするのだ? このまま山頂に留まっていても、良いことがあるとは拙には思えないのだ」

「そうだね……じゃあ最後に山頂を魔力で探査して、それでも何もなかったら帰ろうか。ユズリハさん、それでどうでしょう?」

「むむっ……生涯の相棒と一緒に伝説級の魔獣を狩るというのは、わたしが子供の頃から温め続けた夢の一つなのだが……だがしかし、悔しいが仕方ないか。そもそもロック鳥が見つからないのではな」

「ではそういうことで」


 魔力で探査するといっても、特別な何かをするわけではない。

 要はダンジョンで魔物を探したり、遭難したエルフを見つけた時と同じだ。

 ロック鳥が留まれるだけあって、山頂は周囲一キロくらいの割合広い場所なのだけれど、その中には常に強烈な風が吹き付ける結果、雪がほとんど付着せずにすぐ吹き飛ぶ場所もあれば、逆に雪の吹きだまりになるような場所もある。

 その雪が滅茶苦茶積もっている場所の奥に、ひょっとしたら何かあるかもということで、魔力探査で確かめようという目論見なのだ。


 ……とは言っても、言い出したぼくも本当に何か見つかると期待したわけじゃなく。

 どちらかというと、何もないことを確認するための作業みたいなものだ。

 案の定、ほんの僅かな魔力の残滓すら見逃さないよう調査していっても、何が見つかるわけでもなく、時間だけが過ぎていった。


 そして最後に。

 頂上の一番奥にある吹きだまりを調査すると。


「……あれ……?」

「どうしたキミ?」

「奥の深いところに、すっごく薄い魔力の反応が……何かは分からないんですが……」

「では掘り返してみよう。スズハくん」

「了解です」


 そうして女騎士軍団が深さ五十メートルの雪を掘り抜いて出てきたモノは。

 空をビシッと指さしたまま氷漬けになった、美しい銀髪のエルフだった。


「…………」

「…………」


 これどうしよう、と身も蓋もないことを考えてしまう。


「しかしユズリハさん。このエルフ、えらくカッコイイ感じで凍り付いてますね?」

「ああ。いかにも『少年よ大志を抱け』とか言いそうな格好だな」

「拙の故郷でよく見た、突撃を命令する司令官の姿にそっくりなのだ」


 まあ格好についてはともかく。


「……兄さん。ひょっとしたら、エルフは氷漬けになるのが大好きな種族なのですか? 以前のエルフもそうでしたし」

「んなアホな」

「ところでキミ、このエルフは生きてるのか?」

「どうでしょう? すっごく薄い魔力は感じられますから、ワンチャン生きてる可能性がある気もしますが……でも滅茶苦茶深い氷の奥に眠ってましたからね……」

「そうだなあ……」

「拙は思うのだが、このエルフが滅茶苦茶奥深くに眠ってたってことは、ひょっとしたらこいつ、数百年とかヘタしたら千年以上前のエルフかも知れないのだ?」

「その可能性もあるよねえ。それで生きてたら、そっちの方がビックリだよ」


 いくら悩んだところで答えは出ない。

 というわけで。

 無理だよなーとか思いながらも、蘇生を試してみることになった。

 お湯を沸かして分厚い氷を溶かし、慎重かつ大胆に治癒魔法を流しまくってみる。


 すると──なんと息を吹き返したのだ!

 薄目を開けたエルフさんが目をぱちくりさせて、


「……ここはどこだ、キミたちは一体……!?」


 なんて驚いてたけど、こっちの方が滅茶苦茶ビックリしたよ、もう。





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この作品「妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。」のマンガ版が、ニコニコ漫画 2024年上半期ランキング【公式マンガ部門】でなんと11位となっていました。

https://info.nicomanga.jp/entry/official2024fh/#11%E4%BD%8D-20%E4%BD%8D


8,400を超える公式作品の中から人気順で11位ということで、これはもう大変めがっさどえりゃーわけです。

萩原エミリオ先生さすがです!


マンガ版も大変面白いですし乳もでかいので、まだご覧になってない方はぜひぜひご覧くださいませ!

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