第161話 お似合いのカップルなんかに見えるということか

 女騎士学園の分校に生まれ変わる元修道院の修繕工事が、急ピッチで進められている。

 辺境伯領内にいた腕利きの職人さんが大集結して、最優先で仕事に当たってくれていた。

 その下で大勢の作業員さんがキビキビ働いている。


 そして、その中に紛れて……ぼくたちも働いていた。


「ていうか、なんで二人ともここにいるんですか……?」


 石材を運びながら、ぼくは後ろをジト目で眺める。

 そこにいるのは、途轍もなく顔の整った美少年二人組。

 背の低い方は青髪ポニーテール、もう一人は腰まで伸びたブロンドヘア。

 二人とも女性のように華奢に見えるけど、胸板はゴリラみたいに厚い。


 その正体は、大きすぎる胸元をサラシで潰して男装したスズハとユズリハさんである。


「キミがいるんだから、相棒のわたしが駆けつけるのは当然だろう」

「公爵令嬢がやる仕事じゃないでしょう?」


 職業に貴賎は無いというのが信条のぼくだけど、いくらなんでも噛み合わせが悪すぎる。

 ぼくとしてもサクラギ公爵に怒られたくはないですよ?


「兄さんの言うとおりですね。ですのでここはわたしと兄さんに任せて、ユズリハさんは帰ってどうぞ」

「ぐっ……い、いや! 今のわたしはスズハくんの兄上の護衛だ! その目くらましに、二人で共同作業をしているのだからな!」


 ぐっと右腕を曲げて力こぶを見せるポーズのユズリハさん。

 左手一本で支える重さ十トンの石材がビクともしないのはユズリハさんだし当然だけど、能力の無駄遣いという気もする。


「ですが兄さんだってそうでしょう。なぜ辺境伯である兄さん本人が、修繕工事の現場で作業員をやっているんですか?」

「視察だよ」


 そう、ぼくには視察という大義名分がある。

 大量に派遣されてきたサクラギ公爵家の官僚さんたちのおかげで、ぼくの仕事は劇的に減少した。

 アヤノさんと二人で書類と格闘していたのは過去の話。

 それに書類仕事自体も、ようやく落ち着いてきたみたいだし。


 というわけで最近のぼくは、秘密の視察と称して身体を動かしているのだ。

 ぼくの答えに、スズハはなるほどと目を輝かせて。


「たしかに兄さんが作業をしつつ見張っていれば、もしも公爵家に裏切り者がいて密かに抜け穴や秘密の小部屋なんかを作ろうとしても、すぐに発見できるということですね! さすがです兄さん!」

「そんなこと考えてないよ!?」


 ユズリハさんの実家からきた人間を疑う発言を、本人の目の前でするのはどうかと思う。そりゃ危機管理としては正しいかも知れないけど。

 けれどユズリハさんはなぜか疲れた表情で、


「いや、いいんだスズハくんの兄上……こう言ってはなんだが、公爵家にいる官僚連中は仕事はできるがクセの強い連中ばかりだからな。思いつきで勝手に隠し部屋の一つや二つ、黙って作ろうとしても不思議じゃない」

「ええ……?」

「だから『キミが見張ってくれていてとても助かる、さすが辺境伯は慧眼の持ち主だ』と、ウチの補佐も感謝していたぞ」


 なんということでしょう。

 執務室で手持ち無沙汰なのもアレだから身体を動かしていただけなのに、いつの間にか深慮遠謀の末ということになっていたらしい。

 誤解なんだけどなあ。


 ****


 仕事が終わるとゴンドラに乗って領都の中心部へと帰る。

 するとそこには、帰宅帰りを狙い撃ちした商売人が屋台を出している。

 ちなみに種類は肉とか酒がほとんど。だって肉体労働後だもの。

 あとはせいぜいゲーム系とかギャンブル系の屋台が少しあるくらいか。


「兄さん兄さん、あの屋台に挑戦してもいいですか?」

「なになに……力自慢求む……? 参加費銅貨一枚、腕相撲で勝ったら銀貨五枚……? スズハ、危ないから絶対やっちゃダメ」


 もちろん危ないのはスズハではなく相手の方で。

 いくら華奢に見えても、女騎士学園の生徒であるスズハの腕力は一般人より相当強い。

 相手が軍人ならともかく素人の力自慢だった場合、スプラッタな事になりかねないのだ。

 なのでここは却下の一択。


「肉串買ってあげるから」

「わあぃ」


 スズハの分だけ買うのもアレなので、三人分の肉串を一人二本ずつ買い求める。

 そのまま歩き食い。ちょっと行儀は悪いけど、これがまた美味いのだ。


「兄さん! このお肉、脂がじゅわっとして凄く美味しいです!」

「そりゃ良かった。ユズリハさんはどうですか?」

「うむ、これは美味い……それに、キミが買ってわたしに渡してくれた肉串だと思うと、どんな宮廷料理よりも美味しく感じるな……もちろん一番美味しいのは、キミの手料理に決まっているが」


 喜んでくれてるみたいだ。よかった。

 ぼくも肉串にかぶりつく。

 すると、どぎついまでの脂身が身体を優しく癒やしてくれる。


 庶民的に歩きながら肉の串を食べるとき、ぼくは誰にも邪魔されず、自由だ。

 独りで、静かで、豊かで……


「むっ……キミ、あっちの方がなんだか騒がしいようだ」


 独りで……静かで……


「兄さん、ケンカみたいです。一触即発ですよ!」


 静か……で……


「よし、止めに行くぞキミ!」

「……大丈夫だと思いますよ……?」


 庶民のケンカは日常茶飯事。

 なかには殴り合ってこそ生まれる友情もある、なんて豪語するやからもいるくらいだ。

 とはいえ女騎士であるユズリハさんとしては、放置しておくわけにもいかんのだろう。

 肉串をかぶりついたまま、ユズリハさんに袖を引かれてついて行く。


 着いた先では上半身裸の男が二人、素手で殴り合っていた。

 見事なまでに典型的な庶民のケンカ。

 周りでは野次馬が騒いでいる。完全に見世物と化していた、凄く楽しそう。

 ユズリハさんが困った顔で、


「……なんか、みんな楽しそうだな……」

「ですね。止めます?」

「う、ううむ……そうだな……いやしかし……」


 なにせ一撃ずつが大ぶりすぎ。もしこれがユズリハさんなら一ミリ単位で躱せるような、そんなパンチの応酬。

 いっそ牧歌的なケンカではないか。


「まあこれが庶民流のストレス発散ってやつですよ」

「止めに入るのはかえって無粋か」

「かも知れませんね」


 でも正直、少しだけ珍しいなと思った。

 というのも片方の男の動き。

 本当はもっと洗練されているはずなのに、素人レベルの動きでございという演技なのがもうバレバレなのだ。

 牧歌的なケンカだから、相手に合わせているのだろうか。律儀だなあ。

 横目でケンカを視界に入れつつ、口に入れたままの串の肉を飲み込んで、


 ──その時。

 片方の男が、懐からナイフを抜くのが見えた。


「っ!?」


 反射的に、ぼくは全力で飛び出した。

 ナイフを抜いた男の動きは、今までのケンカとは違う訓練されたもので。

 相手の男も見物人たちも、突然のことに固まっている。


 そのまま、吸い込まれるように凶刃が届く寸前。

 ぼくは肉を食べ終えた串二本で、男のナイフを挟んで止めた。


「そこまでっ!」


 素手じゃなく串を使ったのは、万が一ナイフに毒が塗られている可能性を考えてのこと。


「……な、なんだお前は……!?」

「ぼくはただの通りすがり。それよりも、ケンカで武器を抜くのは御法度でしょ?」

「!! 串で挟まれただけのナイフを、ほんの少しも動かせないだと……!?」

「さすがに見過ごせないから衛兵に引き渡すよ……っと」


 足音に振り返ると、ユズリハさんがこちらに駆けつけてくるところだった。


「キミ、大丈夫かっ!?」

「はい。衛兵を呼んでいただけると助かります」

「それはスズハくんに任せたから大丈夫だ……いきなり爆発するような勢いで飛び出して、わたしは心臓が止まるかと思ったぞ? まったくもう」


 ユズリハさんと話しているうち、驚きで固まっていた群衆のみなさんもようやく正気を取り戻したようで。


「な、何があったんだ……?」

「分からん……あの男がケンカの途中、突然ナイフで斬りつけたと思ったら、次の瞬間に兄ちゃんが串二本で真剣白刃取りした……!?」

「ナイフ野郎の腕がプルプルして、全力でナイフを取り戻そうとしてるが……兄ちゃんの掴んだナイフは、ピクリとも動かねえぞ……!?」

「状況がさっぱり分からんが……あの兄ちゃんが滅茶苦茶つええことは分かる……!」

「この兄ちゃんの強さ、かの殺戮の戦女神キリング・ゴッデスに匹敵するんじゃないか……?」


 さすがにそれは大げさすぎ。

 我が国における伝説の女騎士ユズリハさんこと殺戮の戦女神キリング・ゴッデスに匹敵だなんて、まったくおこがましいにもほどがある。


 気分悪くしてないかな……と恐る恐る見ると。

 ユズリハさんがなぜか頬を赤らめながら、指をモジモジさせていた。


「そ、それはつまり……わたしとスズハくんの兄上が、お、お似合いのカップルなんかに見えるということか……?」

「違うので照れんでください」


 今のユズリハさんは男装しているせいか、普段よりも中性的な魅力が強化されていて、新鮮な可愛さがあって反応に困る。


 ****


 ──その後、スズハが連れてきた衛兵さんに二人とも引き渡して、ぼくたちはそのまま帰ったのだけれど。


 後で聞いたところによると、あのナイフを抜いた男はなんと暗殺者で、もう一方の男はサクラギ公爵家のツテでわざわざ呼び寄せた、王都でも一番腕の立つ職人さんだったとか。

 そして暗殺者は、ケンカに見せかけて暗殺しようと目論んでいたらしい。

 どこかの没落貴族が代金を踏み倒そうとしたんだとか。


 後日、職人さんとその娘さんから偉く感謝されて恐縮した。

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