第162話 『自分より強いヤツに会いに来たのだ』などと供述しており

 ぼくが辺境伯だということがみんなにバレたため、現場で作業することを止められた。あの事件のせいだ。

 まあぼくだって隣で働いたるのが貴族だと知ったら、たとえ名ばかりでも驚くからね。

 そう考えれば仕方ない。

 そうして城の執務室で事務作業兼雑用をする日々に戻った、そんなある日のこと。


「──閣下。少しお時間、大丈夫でしょうか?」


 なぜか首を捻りながら執務室に戻ってきたアヤノさんに、かまわないよと頷くと。


「あの……街中の警備隊が、閣下に会って欲しい人物がいるらしく……」

「どんな人?」


 不審者や犯罪者なら普通に捕まえるだろうし、逆に客人なら連れてくるだろう。

 つまり判断がつかないということだ。

 でもなんでアヤノさんは、伝えにくそうにしているんだろう?


「……その者の外見的特徴としては、まずスズハ殿やユズリハ殿に間違いなく匹敵する、すこぶるつきの美少女で……」

「ユズリハさんの親族かな?」


 スズハに親戚の女子とかいないはずだから、いるとすればユズリハさんだ。


「スタイルも二人に匹敵するほど……胸が冗談みたいに大きくて……」

「それ絶対、ユズリハさんの親戚でしょ?」

「珍妙な格好をして、胸元をサラシできつく締め上げ……」

「……?」

「なんでも『自分より強いヤツに会いに来たのだ』などと供述しており……」

「見事なまでに不審者だね!?」


 とはいえ悪いことをしている、という話じゃないみたいだ。


「分かった。ぼくが会うよ」

「よろしいのですか?」


 話を聞く限りこの国で最強の女騎士、つまりユズリハさんに会わせたら喜ぶだろうけど。

 でも公爵令嬢のユズリハさんに、紹介状もなしで気軽に面会させるのは不許可である。

 その点ぼくなら、辺境伯だけど平民みたいなものだから問題無い。


「ユズリハさんに会わせるわけにはいかないからね!」

「……またアホなことを考えてるんでしょうが、わたしはツッコみませんからね……?」


 流れるように罵倒されてしまった。なぜ。


 ****


 連れてこられたその美少女は、聞いていた以上に不審者だった。

 年齢はスズハと同じくらいか、僅かに下だろうか。

 顔は滅茶苦茶整っていて、動くたびに長い黒髪がサラサラ揺れる──そこまではいい。


 見たことのない異国の服装。

 後日聞いたら、紋付羽織袴というらしい。

 間違いなく大玉メロンより大きい胸元を、真っ白なサラシでギチギチに締め上げている。

 腰には刀を二本差し、腰帯で止められている。


 ……ぼくが辺境伯じゃなければ、絶対にスルーする案件だよねこれ。

 どこからツッコもうかと悩んでいると、向こうから自己紹介をしてくれた。


「拙はツバキというのだ。東方にある大陸から来たのだ」


 ほーん。東方の大陸の出身ねえ。

 ぼくが感心していると、アヤノさんが険しい顔で、


「待ってください閣下。……ツバキさん、それは異大陸ということでしょうか?」

「この大陸から見れば異大陸ということになるのだ」


 ふむふむ。だから珍妙な格好をしてると。


「拙はさすらいの武芸者だが、故郷では戦う相手がいなくなったのだ。なのでこうして、こちらの大陸に渡ってきたのだ」

「なるほど」


 動機も言動もおかしいところは無いな。ヨシ!


「お気を付けて、よい旅を」

「待ってください閣下!?」


 なぜかアヤノさんに止められた。


「この少女、明らかに異大陸から来た軍人ですよね! 詳しく調査するべきでは?」

「そうは言っても……この子、スズハと変わらないくらいの強さだよ?」


 雰囲気でそういうのって、なんとなく分かるんだよね。

 ぼくの見立てでは、この子の強さはスズハと同程度か少し上くらい。

 つまり女騎士見習いと同程度であり、たいした強さではない。

 なので放っても問題ないだろう。


 そうぼくが本人に聞こえないよう耳打ちすると、アヤノさんがすごく不思議そうな顔で腕を組みながら考えることしばし。


「──なるほど、ようやく法則性が見えました」

「なにが?」

「閣下の判断基準です。閣下は先入観のある相手の場合は強さの基準が世間一般になって、そうでなければ強さの基準が自分になるんですね」

「自分だとよく分からないけど、そうなのかな?」


 だとしても、その二つに大きな違いがあるとは思えないけれど。


「ということで、お気を付けて。良い旅を」

「そうはいかないのだ」


 ツバキを解放しようとしたら、なぜか本人からストップがかかった。


「えっと、なにか?」

「おぬしと一つ、手合わせ願いたいのだ」

「……え、ぼく?」

「おぬしを初めて見たその瞬間から、拙の魂が叫んでいるんだ」

「どんな?」

「──ついに見つけたのだ、目の前にいるこの漢こそ、拙が打ち負かさなくてはならない好敵手ライバルなのだと──!」

「……なんでそんなことが分かるのさ?」

「立ち居振る舞いを観察すれば、おぬしの大まかな実力は分かるのだ。それになにより、おぬしは途轍もない強者のオーラを身に纏ってるのだ──!」

「ええ……?」


 ずいぶん思い込みの激しい異大陸人である。

 けれどこっちも不審者扱いで手間を掛けさせたし、まあお詫びということで。


「仕方ない。じゃあ裏庭に行こうか」

「よろしく頼むのだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る