第163話 鬼ですねユズリハさん(ユズリハ視点)

 ──スズハの兄が、異大陸から来た謎の武芸者と面会している。


 大手の商会長らとの会合真っ最中だったユズリハは、そう耳打ちされた瞬間即座に席を立ち、その日の予定を全部キャンセルして城へと戻ることを決めた。


「すみません、急用ができたのでこれで」

「えっ……あの、この後にウエンタス公国産の、幻とも言われた美味を取り揃えた昼食を……その席で、我が息子も紹介したいと……!」


 出席していた大商会の会頭たちがどうにか引き留めようと画策したものの、ユズリハは一顧だにせず飛び出して城へ。

 会頭たちが自分との会合を大変な名誉だと思っていることを、ある程度は理解しているユズリハは、ほんの少しだけ申し訳ないなと感じつつ。

 そんなことよりも圧倒的に脳内を占める決意が、口から漏れるのだった。


「わたしは、スズハくんの兄上の背中を護る相棒なのだから──!」


 自分の相棒が、見知らぬ異大陸の武芸者と対峙する。

 となれば万が一を考えて、自分も同席するのが筋であろう。


 ──そんな、あたかも川の流れのような滑らかさで構築されるユズリハの脳内理論には、そもそも自分が対処できるならスズハの兄だけでも大丈夫という理屈は存在しない。

 全力ダッシュで城へと戻り、二人がいるという裏庭へ駆けつけて。


 そして。

 ユズリハは、なんだか何度も見たような光景を目の当たりにした。


「……これは……」


 とりあえず、先に駆けつけたらしいスズハに話を聞く。


「スズハくん。状況は?」

「見ての通りですよ」


 目の前では、スズハの兄が妙な格好をした少女をフルボッコにしていた。

 すごく見覚えがある。なんなら経験もある。

 それは自分が、アマゾネスたちが、メイドのカナデも通った道で──


「兄さんのことですし、こんなことだろうとは思ったんですけどね」

「あー」


 こちらの大陸では見かけない刀。

 あの民族衣装は、たしか東の異大陸の服装だったはず。キモノと呼ばれるものだ。

 しかしあの服装は、男物だった気がするが……?


「要するにいつものアレか」

「アレですねえ。まあ大陸が違ったところで、強さなんてそう変わるはずないですから。当然ではあるんですが」

「とはいえスズハくんの兄上も、多少はやりにくそうだな」

「さっきから見てるんですがあの異大陸人、単純にかなり強い上に戦い方がわたしたちとぜんぜん違うんですよね」

「ほう?」

「すごく大雑把に言うと、こっちの戦い方って基本的に剣で叩き斬る感じじゃないですか。でもあの戦い方はそうじゃなくて、刀で斬り裂くって感じというか」

「なるほど」

「ほかにも滅茶苦茶攻撃重視で防御の方はほとんど無視というか、躱して当たらなければどうということはないというか……とにかくそういう動きなんですよ」

「それはスズハくんの兄上、かなりやり辛いだろうな」

「それでもコテンパンにしてる時点で、さすがは兄さんといいますか」

「同意しかないな」


 ……しかしあの異大陸少女、やたら美少女なうえに胸元もでかすぎじゃないだろーか。

 サラシでぎゅうぎゅうに押しつぶしてなおスイカ大とか舐めてるのか?

 完全に自分のことを棚に上げて、ユズリハが睨むようにして観察する。


 悔しいが、あの少女の武人としての腕前は大したもの。

 なにも知らずに戦えば、殺戮の戦女神キリング・ゴッデスと呼ばれる自分ですらも異様な攻撃に翻弄される予想図しかない。

 それを除いても自分との差はほぼ互角か、ひょっとしたらあちらが上か。

 まだまだ世界は広いな……とユズリハが腕を組んで唸っていると。


「ところでユズリハさん、さっきから気になってることがあるんですが」

「なんだ?」

「あの異大陸の人なんですが時たま、意味不明な叫び声を上げるんですよね」

「ほう」

「さっきも『異大陸の漢は、一般人でもこれほど強いのだ!?』って」

「……それは……」


 もの凄く想像がつくような気がする。

 なにしろ、スズハの兄の口癖ときたら。

 自分は庶民だの一般人だの、戯言としか思えないようなものだから。


「それはまさか……スズハくんの兄上が一般人と勘違いしているとか……?」

「ははは。そんなヴァカな」

「ならばスズハくんは、それ以外の可能性を考えられるか?」

「まるで思いつきませんね」


 もう一度よく観察する。

 あの異大陸少女は目をキラキラさせながら、全力でスズハの兄にぶつかっていた。


「……だが、これはチャンスだ」

「なんでですか?」

「あの異大陸少女の目をよく見ろ」


 言われたスズハがじっと観察して一言。


「泥棒猫の目をしています」

「そうだけど、そういうことじゃない──いいか、アマゾネスと比較するんだ」

「はあ」

「スズハくんの兄上と戦ったアマゾネスたちは、自分の強さの自負を徹底的に破壊されて、プライドが根底からボロボロに崩壊、でもせめて一太刀入れることでスズハくんの兄上に認められたくて、泣きながら剣を振るっていただろう?」

「……痛ましい事件でしたね……」

「だがあの異大陸少女は、純粋な驚きと感動で戦っている。なぜだと思う」

「……つまり、その理由は兄さんが一般人で、こちらの大陸にはあれほどクソ強い人間がゴロゴロしてるだなんて戯言を信じていると……?」

「それ以外に考えられないだろう」


 そうと分かれば善は急げだ。

 今までのユズリハの経験上、トップレベルの女騎士がスズハの兄に圧倒された後には、間違いなくスズハの兄に惚れる。そりゃもう心の底から一目惚れする。


 だって仕方ないのだ。

 弱いけものは強いけものに従う。

 それが動物の、女騎士の本能なのだから。


 しかし、あの強さが特別なものでないと勘違いしている今ならば……!

 まだ瞳の中にハートマークを浮かべていない、今ならば……!


「スズハくん。大至急ここに、うにゅ子を連れてきてほしい」


 うにゅ子とはつい先日まで吸血鬼に身体を乗っ取られてた、普段は幼女にしか見えないハイエルフである。

 ユズリハの知る限り、この大陸で二番目に強い。

 一番目はもちろん眼の前にいる自称一般人。


「今すぐですか?」

「ああ。スズハくんの兄上とやり終えたら、間髪入れずにうにゅ子を投入しよう」

「それはどうしてです」

「分からないか?」


 ユズリハが大真面目な顔で断言した。


「自称一般人のスズハくんの兄上にボコられた後に、見た目幼女のうにゅ子にボコらせて──スズハくんの兄上の強さは本当に特別じゃないんだと、勘違いさせようじゃないか。それができるのはうにゅ子しかいない」

「鬼ですねユズリハさん」


 ちなみに鬼とは、東方の異大陸に存在する魔物である。


「ならばスズハくんは、新たなライバルを増やしたいと?」

「全速力で呼んできます!」


 ****


 そして、華麗な手のひら返しをしたスズハが、うにゅ子を連れてきて。

 スズハの兄とうにゅ子が、二人がかりで異大陸から来た一人の少女をボコにした結果。


 とある乳のやたらでかいサムライガールが、大きな勘違いをすることになったのだった。

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