第164話 入学試験

 女騎士学園分校の工事が急ピッチで進み、職人さんは凄いもんだと感心しきりだった、そんなある日のこと。

 ユズリハさんから、入学試験の話題を振られて首を捻った。


「入試って……そんなもの必要です?」

「必要に決まってるだろう」


 この大陸の学校は四月からと十月からの半期制で、どちらからでも入れるのが一般的だ。

 なので分校は、十月から開校しようという話になっていた。

 もちろん工事が間に合いそうだという前提はあるけれど。


 だから十月入学生の入試を近々に行う……というのは、本来なら正しい。

 でもそれは、定員以上に志望者がいればという話で。


「だってこんな辺境にある、しかも実績ゼロの分校ですよ?」

「そこの領主がキミだというのが大問題なんだ。それに僭越ながら、このわたしも多少は名前が売れているからな。宣伝効果というものがある」

「なるほど……?」


 ぼくはともかくユズリハさんが同じ学校というのは、たしかに宣伝効果が抜群だろう。

 つまり入学希望者がわんさか来る可能性もあるわけで。

 ここは第三者の意見を聞くべきだろう。


「アヤノさんはどう思います?」


 声を掛けるとさすがはアヤノさん、すぐに資料を取り出して答えた。


「ええと……はい。現時点でも既に、入学定員の十倍以上の問い合わせが来ていますね。入学試験の日程も既に決まっていますし」


 マジですか。

 入学希望者なんて来ないと思ってたのは、ぼくだけなのか。

 衝撃を受けるぼくの様子に、アヤノさんがなんだか納得した顔をして。


「……なるほど。それで、わたしが『ウエンタス公国との友好関係誇示のため、別枠での推薦入学を設立すべき』と進言したとき、一も二もなく了解されたわけですか」

「アヤノ殿……それはまさか、裏口入学的な何かだろうか?」

「とんでもない。交換留学のようなものを想定しています。なにしろ軍部実務レベルでの友好と融和を示すには、絶好の機会ですから」

「まあそれはそうか」

「なにより、閣下は入学資格に国籍不問を掲げましたからね」

「……いやぼくは、そこまで考えてたわけじゃないけどね?」


 軍学校には常識的に、自国籍の人間しか入学できない。

 軍人を養成するという目的や、スパイが入り込む可能性など考えれば当然のことで。

 けれど今回、分校では国籍要件を撤廃した。


 だってねえ。

 庶民には、いろんな理由で国籍を証明できない子供が、それなりの数いるわけなのさ。

 国境に隣接する辺境伯領ならなおさら。

 そういう子供も、才能があるなら女騎士学園で勉強してもらえばいいと思う。

 そんな理由で、わりと独断で廃止したんだけど……


「志望者がこんなにいるなんて予想外だよ」

「では閣下、国籍要件を復活させますか?」

「それは必要ないかな」


 しかしそうすると、一つの懸念が生まれるわけで。


「……その人たちって、どんな学校だと思って来るんでしょうね?」


 ぶっちゃけ、新しくできる分校のレベルは低い。

 少なくともぼくの考えではそうなるはず。

 辺境にある新設校だし、豊富なノウハウだって存在しない。

 それに戦闘の教官もケガで退職を余儀なくされた戦傷兵とか呼んで、あとは魔獣相手に実戦すればいいと思ってたくらいだ。


 だから地元はともかく、他国から注目なんてありえないと思ってたんだけど……?

 けれどユズリハさんとアヤノさんの意見は、ぼくと全く違うもので。


「そりゃ当然、大陸最高の女騎士養成機関と思ってるに違いない。なあアヤノ殿?」

「間違いなく。かの伝説のメイドの谷すら生ぬるい、究極の教育機関と考えるでしょうね。なにしろ閣下が創立者なのですから」

「卒業できれば超一流の女騎士になること確定だからな」

「もちろん訓練内容は地獄の一言でしょうが、卒業できれば軍上層部からも一目置かれて超絶エリートコース間違いなし。そんなところでしょう」

「女性王族の護衛を経て近衛師団長から騎士団総長、といったところか?」

「そんなところですね。一般的には夢物語ですが、なにしろ閣下肝煎りの女騎士学園分校卒業者ですから」

「えええええ……!?」


 ユズリハさんとアヤノさんの話す内容に、ぼくは真っ青になった。

 マズい。これは非常にマズい。

 どうやら世間では、こんな辺境にある分校の期待値がなぜか天元突破しているみたいだ。

 ユズリハさんが原因だろう。


 なにはともあれ、このままだと非常にマズい。

 なんとかして、いつの間にか高まりすぎていた期待値を適正まで戻す必要がある。

 どうしようかと脳内をフル回転させて──ふと閃いた。


「ユズリハさん、一つ考えたんですが」

「どうした?」

「入学希望者に、現状を知ってもらう必要があると思うんですよ」

「ほう。それで」

「なので受験の前に、ウチは基本的にこの程度のレベルですみたいなのを見せようかと。具体的にはスズハに模擬戦でもさせて」

「なるほどな。──しかしキミも存外えげつない」

「えっ」

「初手からレベルの違いを見せつけ、ココロを折りに行こうということか」

「……そういうことです?」


 初手でレベルの低さを見せつければ、ユズリハさんに憧れてやって来た大半の受験者は呆れて帰ってしまうはず。

 評判は悪くなるだろうけど、入学後に失望されるよりはマシだよね。

 ただそれを「ココロを折る」と表現するのは違和感あるけど……まあいいや。


「あいわかった。もちろんわたしも参加するぞ」

「うーん……そうですね。お願いします」


 せっかくこんな辺境にまで来てくれたわけだし、せめて人気者のユズリハさんを眺めて帰ってもらうのはアリなんじゃないかと思う。

 まさかユズリハさんだけ見て、この分校はレベルが高いなどとは勘違いされないだろう。

 ならばお願いする要素しかない。

 ぼくが頷くと、なぜかユズリハさんが凄くいい顔で笑って、


「というわけでキミも当然参加だ」


 なにを言ってるんだろうユズリハさんは。


「いえいえ、ぼく生徒じゃないですし。そもそも男ですし」

「そこでこの服だ」


 ユズリハさんが取り出したのは、ヒラヒラと宙に舞う総レースのドレス。


「……なんですかそれ?」

「これは以前わたしが着ていた服だ」

「はあ」

「以前、わたしとキミの身長がそう変わらないという話をしたな」

「そんなことありましたね」

「ということは、わたしの服を直せばキミに着せることが可能ということだ」

「はっはっは。そんなヴァカなこと──」

「ちなみにキミの身体のサイズは、あらゆる部分を念入りに測定してある」

「えっと……?」


 なんだかユズリハさんの目が怖い。

 この先を聞きたくない気が凄くするけど、それだと話が進まないわけで。


「そしてこのドレスはキミの身体にきっちりと寸法を直してから、サクラギ公爵本邸より送られてきたものだ」

「……なぜそんなものを?」


 ぼくが嫌々聞くと、ユズリハさんが待ってましたとばかりに、


「いいかキミ。普通に考えれば、女騎士学園での模擬戦にキミが参加することは難しい。なぜなら女騎士学園なのだから」

「当然です」

「だが──これを着れば、キミも模擬戦に参加できるッ!」

「えぇー……」


 さすがに冗談だよねと願いながらユズリハさんをじっと見つめると、とても素敵な顔でニコニコと笑っていた。

 目の奥はまるで笑っていなかった。


「わたしはただ言い出しっぺのキミも参加すべきではないかと、そう思っただけなんだ。決してこの案を閃いたとき、キミの女装姿を一度は目に焼き付けねばと思ったりだとか、キミの女装姿はたいそう可愛いんだろうなと想像してついヨダレが垂れてしまったとか、それからずっとキミの想像の女装姿が脳内から消えないとか、女の子の格好をしたキミを抱きしめたいとか、そういうことじゃないから勘違いしないで欲しい」

「そんな勘違いしませんよ!?」

「さあ、是非着てみてくれ。ドレスはサクラギ公爵領でも最高の腕利き職人に直させたし、サイズはぴったりのハズだ」

「ユズリハさんステイ、ちょっと落ち着いて……」

「わたしは十分落ち着いているぞ。ああ、わたしのお古ということが気に掛かるのか? 新品でないのは申し訳ないが、キミには是非ともわたしがお気に入りだったドレスを着て、わたしに包まれるような感覚を──ではなく、キミにもとても似合うと思ったからな! さあさあ!」

「……えっと……」


 そうして笑顔のまま、ぐいぐい押しまくってくるユズリハさんに。

 ぼくは表情筋の死んだ顔で、ただ頷くしかなかった。


 ****


 ──そして入学試験当日。

 山のように集まっていた受験生たちが見守る前で、なぜかユズリハさんのドレスを着て女装させられたぼくとスズハが模擬戦をして。

 そこに途中からユズリハさんが乱入してきて、最後には三人で延々と相手をぶっ叩く、いつもの訓練みたいになった。


 連係して襲ってくるスズハとユズリハさんに、ぼくが頑張って抵抗する形式で模擬戦を続けた結果。

 午前中に始めたはずの模擬戦は、いつの間にか夕方になっていて。


 受験生が一人残らず辞退した、と知らされたのだった──

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