第165話 ツインテール以外はいい商人
入学試験の翌日、ぼくは執務室で頭を抱えていた。
「なんでこんなことに……うあぁ……」
「どうしたのですか閣下?」
アヤノさんに聞かれたので、素直に相談することにする。
「いや、なんで一人残らず辞退したのかな、って……」
「わたしとしては、むしろ当然だと思いますが」
「なんで!?」
「閣下たちの魅せたパフォーマンスは、レベルがあまりに違いすぎたので」
「そ、そんなに……?」
ぼくが恐る恐る聞くと、アヤノさんがきっぱり首を縦に振り。
「わたしは途中の少しだけしか見ていませんが、もう完全に地獄絵図でしたね……なにせ『この程度のレベルを想定しています』と言われて見せられたものが、あり得ないほどに別次元でしたから。そりゃココロもバッキバキに折れますよ」
「そこまで!?」
「閣下たちは気づいてませんでしたが受験生たち、一人残らずギャン泣きしてましたよ。こんなにレベルが違うなんて聞いてない、自分なんかがやっていけるはず無い……って。みんな膝から崩れ落ちてましたし」
「ええ……」
それほどまでに低レベルだと思われたのか……
でもユズリハさんやスズハの話を聞く限り、実際はそんなことないと思うんだけどな。
でもレベルが一緒だとしても、それだけだと辺境にある分校の魅力は薄いわけだし……
いずれにしても、授業の大幅なレベルアップは必須事項ということか。
「……ひょっとして閣下、また妙な勘違いしてませんか?」
「そんなことないよ?」
「そうでしょうか……」
なぜかアヤノさんが首を捻っているけど、まあそれは置いといて。
「取りあえずはこのままだと、入学者はユズリハさんとスズハしかいないのかな。そうだ、ツバキも入りたいって言ってたし……」
「ツバキとは?」
「いたでしょ? 異大陸から来た武芸者の女の子」
「ああ。あの」
ツバキ曰く、異大陸と比べてこちらの女騎士のレベルは格段に高いらしい。
なのでスズハやユズリハさんと一緒に、女騎士学園分校に通って更なるレベルアップを目指したいと言っていたのだ。
ツバキはスズハと同レベルだから、お互い切磋琢磨ができるだろう。
それに異大陸の剣術使いというのもポイントが高い。
なので事前にぼくから、ツバキは入試免除でいいよと言っておいたのだ。
……もし見られていたら、ツバキにも逃げられていたかも知れない。危なかった。
「閣下、それとは別にウエンタス公国から入試免除で入学してくる女騎士が十人がいます。交換留学生の生徒ですね」
「そんなこと言ってたね」
「はい。ですので、少数精鋭主義の女騎士学園として体裁は保てるかと」
「……ウエンタス公国の人たちは、そのまま入学して平気なの?」
あんまり分校の評判が悪いと、後で外交問題になったりしないだろうか。
しかしアヤノさんは、全く問題無いと断言した。
「大丈夫です。ウエンタスの女大公にも確認が取れています」
「そうなんだ」
そこまでアヤノさんが言うなら、とりあえずは大丈夫だろう。
けれど分校の教育レベルや評判を上げることは、継続して考えなくちゃいけないよね。
「うーん……」
その後もぼくは、今後どうすればいいか考えるのだった。
****
その日、珍しく店員さんが顔を出したので、お茶を飲みながら世間話をする。
店員さんというのは辺境伯領に住む商人さんで、最初に王都のアクセサリーショップの店員として出会ったので、ぼくは今でも店員さんと呼んでいた。
見た目には穏やかな初老の紳士だけれど、ツインテールマニアなのが玉に瑕だ。
「辺境伯殿、領民全員ツインテール化計画は順調ですかな?」
「そんな計画を立てた記憶はありませんよ……?」
……いやホント、ツインテール以外はいい商人さんなんだよ?
若い頃は大陸中を行商したらしく、いろんな国の地理や歴史に詳しいし。
商売を通して、各国政治や情勢の流れなんかを見る目も確かで。
有名な武器の産地から、ちょっとした値切りのコツ、美術品のニセモノの見分け方までいろんな事を知っていて、こうした世間話の時に披露してくれる。
こういう人が授業をしたら楽しいんだろうな……と考えてティンと来た。
「店員さんに、一つお願いがあるんですが」
「この老体にできることなら」
「新しくできる女騎士学園の分校で、店員さんに講師をして貰えないかって思いまして。どうでしょう?」
「……分校の講師、ですかの……?」
店員さんは、意外な申し出に戸惑っているみたいだ。
でもぼくとしては、考えれば考えるほどアリだと思う。
「生徒のみんなに、店員さんの知識をぜひ分け与えていただければと」
「ですがワシは、戦闘のことなど何も知りませんぞ……?」
「それは他でやりますので。女騎士になるには戦闘力も大事でしょうが、それ以外だっていろいろ学ぶものですし。それに諸国の事情や知識を、自分の感覚として持っている人は貴重だと思うんですよね。そういう生の知識を話してくれたなら、絶対に生徒のみんなが将来役に立つなって」
「……そのために、若い頃から行商していたワシを……?」
「店員さんにしか教えられないと思うんですよね」
ちなみに本来そんな講義は想定されてないので、講師のダブルブッキングになる心配は無かったりする。
「もちろん無理にとは言えませんが」
ぼくの言葉に、店員さんがしばし目をつぶって。
「──お引き受けいたしましょう」
「本当ですか?」
「辺境伯ほどの漢の中の漢に頼まれたら、断るわけにはいかんでしょうなあ。もしこれがよその連中から頼まれたなら、にべもなく断るところですが……」
「ありがとうございます!」
「その代わり、学校の女生徒の髪型で一つ相談が」
「やっぱりいいです」
「ほっほっほ。冗談ですぞ」
店員さんが言うと冗談に聞こえないので、止めていただきたい。
「……しかし辺境伯殿。王立たる最強騎士女学園の講師に、ワシのような一介の商人など招いてもよろしいのですかな?」
「そこは平気です。こっちで全額出すことになってますし」
なので正式名称にも王立とは付いていない。
だからどんな先生を雇ってどんな講義をしようと、最終的には全部ぼくの責任。
しかもトーコさんに金銭的負担も掛けないし、国籍不明の庶民だって入学できるうえ、旧軍体制派が入り込む余地も無い。さらには商人さんみたいな、肩書きは無くても優秀な人材を活用できるなら万々歳だ。
我ながらナイスな判断だったと自画自賛する。
店員さんがほっほっほと笑いながら、
「辺境伯殿の運営する学校は、楽しい講義がいろいろありそうですな」
「──それですよ」
「ほっ?」
「実にいいアイデアです。さすがです店員さん!」
軍人でも学者でも偉い人でもない普通の商人が教える実践一般教養講座なんて、恐らくどの女騎士学園でもやってないように。
戦闘や魔法の分野でも、一風変わった民間人を講師に据えるというのは、それはそれでアリじゃないかと閃いたのだ。
そりゃ、軍人らしさや貴族らしさは無くなるけれど。
そんなものが必要ならば、王都の女騎士学園に行けばいいわけで。
差別化として軍人っぽくない面を打ち出す軍事学校というのも、世の中に一つくらいはあってもいいんじゃなかろーか。
もちろん、それぞれの分野で有能なのは当然として──
****
というわけで考えた結果、店員さんの他にも頼んで回って。
戦闘教官を、うにゅ子。
魔術と薬学を、エルフの長老。
裁縫や料理関係を、メイドのカナデに教えてもらうことになった。
ちなみに、話が全部纏まってからリストをアヤノさんに提出したところ、なぜか盛大に立ちくらみを起こしたので、慌てて介抱したのだった。
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皆様のおかげをもちまして、4巻に重版かかりました&5巻が出版できそうです!
本当にありがとうございます!
今後もコミカライズともども、ぜひぜひよろしくお願い申し上げます!!
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