第166話 スズハくんの兄上の知り合いに、マトモな人間なんていないよな(ユズリハ視点)

 計画からわずか一ヶ月で開校にまでこぎ着けた、辺境伯領の女騎士学園分校。

 その開校式兼入学式に招かれたトーコは、それなりに機嫌が悪かった。

 ユズリハとしては、その原因があからさま過ぎて苦笑しかない。


「ほら。機嫌直せ、トーコ」


 貴賓席に並んで座るトーコに小声で囁くと、抗議するように唇を尖らせてきた。

 ちなみに今日は、ユズリハは分校の新入生でもあるが、それと同時にサクラギ公爵家の公爵代理として式に参加している。

 なので壇上で来賓として、女王であるトーコの横に座っているというわけで。


「むーっ……」

「策士策におぼれるとはこのことだな」


 トーコの計画では、王都の女騎士学園に在籍する優秀な生徒を引き抜いて、辺境伯領の分校に転入させるはずだった。

 ところがどっこい。

 送り出した精鋭たちは完全に自信を喪失して、みんな入学を辞退してしまったのだ。


「……まあ他の国から来た受験者たちもみんなリタイヤしたから、まだマシだけどさ……ったく、軍旧主流派あのクソアホどもの目を盗んでこっちに勧誘してくるのすっごく大変だったっつーのに……スズハ兄めぇ……」


 トーコの恨み節にユズリハが苦笑しながら、


「どこの国も、スズハくんの兄上とワンチャン仲良くなりつつ強さのノウハウも盗もうと、若い精鋭女騎士を受験させていたからな。しかも見習いだなんて偽って……まあ、それが結果として徒となったわけだが」

「スズハ兄の凄まじさって、自分のレベルが高くなればなるほど痛感するもんね」

「まあアレだ。トーコが見繕った候補生たちは、才能があったということだ」


 そう考えると、交換留学生と称して唯一無試験で女騎士を送り込んだウエンタス公国は、やはり見事な手腕と言えよう。

 まるで、入学試験で惨劇が起こることを予期していたようだ。

 ウエンタス公国のアヤノ大公は本当に優秀だ、とユズリハが再認識する。


「まあわたしは、生徒の人数なんて少ない方がいいと思っていたからな」

「そりゃスズハ兄に構って貰える時間が減るからでしょうが」

「否定はしない」

「ちょっとは否定しろっつーの……」


 トーコがジト目でユズリハを睨む向こうでは、壇上で地元の商会長が祝辞を述べている。

 こういう式典では偉い順番で祝辞を述べるので、女王のトーコと公爵代理のユズリハはすでにスピーチを終えていた。


 トーコのスピーチは大変記憶に残るものだった。

 少なくともユズリハにとっては。

 長ったらしいスピーチを嫌っているトーコが珍しく長弁舌を振るった挙げ句、その中に「女王として辺境伯と連携体制を密接に整え、継続した支援と協力を」などという台詞を六回も繰り返したので、トーコの大人げない胸のうちが見え透いてしまっていた。


「……それでユズリハ、入試の時にいったい何があったのよ?」

「聞いていないのか?」

「聞いたけど詳しくは分からなかったのよ……」

「わたしのお下がりのドレスを着て女装したスズハくんの兄上、滅茶苦茶可愛かった」

「そういう楽しいことする時はボクも呼んでよね!?」

「いやあ、まさか本当にスズハくんの兄上がドレスを着てくれるとは思わなかったんだ。実にラッキーだったな」

「くっ……!」


 そんな、歯ぎしりして悔しがるトーコの様子に。

 スズハの兄の女装姿がいかに凜々しく、庇護欲をそそり、まるで実の妹みたいだったか、何時間でも語り尽くしてやろうとたくらむユズリハだった。


 ****


 それなりに長かった開校式兼入学式も終わりに近づき。

 後は講師を紹介して終わり、というところでトーコが聞いた。


「そういえばさ。分校の講師ってどう集めたの?」

「どういうことだ?」

「騎士学校の講師って、普通だと現役の騎士の中から選ぶじゃない? でも辺境伯領には現役の騎士なんてほとんどいないし、だからどうしたのかなって」

「最初は負傷だの年齢だので引退して帰っていた元騎士らに頼もうとしたらしいんだが、結局はツテのあるスペシャリストに頼んだらしい」

「スペシャリストって?」

「わたしも詳しくは知らない。だがスズハくんの兄上のツテで頼んだと言っていたから、悪いようにはならないだろう」

「ふーん? あ、出てきたみたい──っ!?」


 トーコが口をあんぐりと開けたまま固まった。

 さもありなん。

 ユズリハだって、もし何か飲んでいたら噴水のように噴きだしていたことだろう。


 だって、そこにいるメンツと来たら──!


「な、ななな、なによアレはっ!? ユズリハどゆこと!?」


 見た目からして異常だ。

 でも中身はもっと、最高におかしい。


 まず、なぜ壇上に伝説の種族エルフが二人もいるのか。

 しかもそのうち幼女の方は、つい最近まで世界の災厄をやっていた最強ハイエルフ種で、それがどうして女騎士学園の分校なんぞで講師をするのか。


 裁縫や家事全般などを教えるというメイドのカナデの一挙手一投足が、むやみやたらと凄腕暗殺者っぽいのも気になるところ。

 その中で明らかに一般人なのは。

 商業や社会情勢を教えるという老紳士だけではないか──


「な、ななっ、ななななっ──!?」

「トーコ、どうした……?」

「あ、あああ、あれっ──!」


 トーコが口をぱくぱくさせながら示す商人が、まさか番頭だとかキングメーカーだとか呼ばれる、この国の商業を裏から支配する超大物だということなんてまるで知らなかったユズリハだけれど。


 それでもトーコの指先が、この中で唯一マトモに見えたその商人に行き当たることを、三度見して確認すると。


 ──まあスズハくんの兄上の知り合いに、マトモな人間なんていないよな──


 そんな、誰が聞いても「お前が言うな!」としか言われない感想を漏らしたのだった。

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