第59話 キミはまさに救国の英雄、偉業を成し遂げたヒーローなんだ

 サクラギ公爵家の馬車に揺られることしばし、着いたところは王城だった。


「ユズリハさんに騙されたッッッッッッ!!」

「人聞きの悪い、わたしはキミを騙してなんかいないぞ? 即位舞踏会の会場にはトーコの特別な計らいで、王都一の高級鮨屋が職人ごと出張してきているからな」

「王城に平民が入っちゃいかんのですよ! そんなの常識です!」

「キミに常識を諭されるなど心外にも程があるが……まあいいか。あのな、特別な許可があれば平民でも王城に入っていいんだ。つまりコネだな」

「えっ」

「もっともそんな許可なんて普通は出ないだろうが、キミには出てるので問題がない。最初に言っただろう? コネが無ければ入れないって。つまり逆に言えば、コネさえあれば誰でも入れるということだ」

「こ、公爵家のコネ、しゅごい……!」

「まあこの場合、凄まじいのは我が公爵家ではなくキミ自身のコネなんだがな。なんたって新女王の命の恩人であり、新女王誕生の立役者なんだぞ?」

「それは誤解ですよ」

「百歩、いや……百億歩譲ってそれが誤解だとしても、生き残った貴族たちは誰しもキミをそう見ているのさ」


 出来の悪い冗談だ。

 だいいち生き残った貴族全員なら、ユズリハさん自身やトーコさんまで、その中に含むことになるじゃないか。


 ****


 どこから見ても混じりっけなしに平民のぼくが王城内を歩くと、当然ながら警備中の騎士に何度も呼び止められそうになった。

 けれどユズリハさんが名前を出すたび、例外なく「失礼しましたッ!」という感じで平伏し、あっさり道を譲ってくれる。しゅごい。

 これが圧倒的なまでの公爵家の権力、しゅごしゅぎるよお……! なんてキラキラした目で眺めていると、ユズリハさんに呆れられてしまった。


「なにを勘違いしているのか知らないが、平伏しているのはわたしではなくキミに対してだぞ?」

「ちょっとなに言ってるか分かりません。だいいち騎士の皆さんが、ぼくの名前や顔なんて知ってるはずがないでしょう?」


 ぼくが否定すると、後ろを歩いていたスズハが口を挟んで、


「では兄さん、逆に考えればどうでしょう?」

「どういう風にさ?」

「ユズリハさんの名前と顔は広く知られています。ことに城を警備する騎士で、知らない騎士など皆無でしょう。だからユズリハさんを見た時点で、それがユズリハさんであることは認識しているはずです」

「そうだね」

「ならばユズリハさんの名前を出すことに意味はありません。──ですがユズリハさんが兄さんの名前を出したら、騎士たちは例外なく大慌てで道を譲りました。ならば騎士たちに慌てて道をどかせた理由は、兄さんの名前以外に無いと思われますが?」

「はは、そんなバカな」


 ぼくがスズハの巧妙な論理マジックを華麗にスルーすると、なぜかスズハとユズリハさんが見つめ合って、同時にやれやれと肩をすくめた。


「まあ今はいいんだがキミ、トーコの近衛兵に接するときはしっかり胸を張っていてくれよ?」

「なんですか突然?」

「いま残っている近衛兵はバカ王子二人の誘いを断って、トーコについた気骨も実力もある連中ばかりでな。トーコを自分たちが護れなかったのを、本気で悔やんでいる。──そいつらにとって、トーコを救出したキミはまさに救国の英雄、偉業を成し遂げたヒーローなんだ」

「えっ」

「キミが自分をどう見ていようが、ヤツらは全員キミに夢中なのさ。なにしろキミが平民と知った後でも、キミを即刻次期騎士団総長にしろとトーコに直訴してきたんだぞ? それも騎士団幹部バカヤロウどもが一人残らずな」

「……」

「もちろんキミには付き合う義理も義務も無いだろうが──そんなヒーローがしょぼくれてたら、軍の士気がだだ下がりになってしまうからな。だから頼む」

「は、はい。分かりました」


 ぼくは表情を引き締めて頷いた。


 たとえ、それが虚構だとしても。

 ぼくを必要としてくれるのなら、しっかりと胸を張ろうと心に決めた──

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