第203話 わたし以外が使うと減ります

 ドワーフに似たダンジョン案内人さんから買い求めた地図によると、このダンジョンは全部で地下十階まであるらしい。

 そして半分の地下五階まで来たところで。

 ぼくらのダンジョン探索は、ちょっぴり暗雲が立ちこめていた。


 ****


「「はああっ!」」


 スズハとツバキが気合一閃、十体ほどのアイアンゴーレムを両断する。

 普通は鉄製のゴーレムを剣で斬るのは難しいんだけど、女騎士ならできて当然だろう。

 戻ってきたスズハが、満面の笑顔でぼくに結果報告する。


「終わりました、兄さん」


 そのまま流れるように、スズハがぼくのすぐ後ろにジト目を向けて。


「……それでトーコさんは、いつまで背負われているんですか?」


 すると背後から、地下三階からぼくに背負われっぱなしのトーコさんの声が。


「いーじゃん、もーちょっと。減るもんじゃなし」

「ダメです。兄さんの広くて少しゴツゴツして、でも背負われるとなんだかポカポカした気持ちになる背中は、わたし以外が使うと減ります」

「それスズハが背負われても減ってるからね?」


 ちなみにトーコさん曰く、ポカポカするというのはあながち勘違いでもないらしい。

 なんでもぼくの背中、微量ながら体内から滲んだ魔力が発散しているのだとか。

 その効能はほんの僅かな治療効果。

 ついでに僅かに魔力を補充したり、精神を安定する効果もあるんだとか。


 いわばぼくの背中に抱きつくことは、温泉に入るのと同じような効果があると言われた。

 さすが魔術の専門家、そんなことまで分かるのかと感心する。


「それにボクはいーの。使った魔力を補充しなくちゃいけないんだから」

「そんなの必要ありません。あとはわたしが、魔物を全部薙ぎ倒しますので」

「でもボクの魔法がある方が、料理とかスムーズだよね?」

「うっ……仕方ありませんね。もう少しだけ許容します」


 痛いところを突かれたとばかりに、悔しそうな顔で引き下がるスズハ。

 まあトーコさんは女王なんだから、女騎士見習いのスズハを口先一つで丸め込むなんてお手の物だろう。

 スズハはもっと精進してほしい。

 まあ、それはともかくとして。


「なんか思ったより、食料になる魔獣が出ないんですよね……」


 魔物は出ても大半はゴブリンだのゴーレムだの。

 土や鉄で造られたゴーレムはもちろん、人型の魔物を食べるつもりも毛頭ない。

 すると残りは、僅かにウサギの魔獣が出てきたくらい。

 みんなで食べる肉の量には、圧倒的に足りなかった。


「どうするスズハ兄? いったん戻る?」

「そうですね……」


 地上に戻って昼食を取るか、このまま進むか。

 普通に考えれば、ここは戻って昼食を取ればいいんだけど。

 ダンジョンで獲れた魔獣で美味しい昼食って腹づもりでダンジョンに入っちゃった分、それだと満たされないというか……


 ぼくが考える横でツバキが腕を組みながら、


「ここでいくら頑張っても、美味しい魔獣にありつけるとは思えないのだ」

「なんでそう思うの?」

「あのウサギ、よわよわだったのだ。拙のデコピンでも一撃だったのだ」

「ぼくも指一本でコカトリスとか狩ったりするよ?」

「お主とうにゅ子は、もう頭がおかしいほど強いのでノーカンなのだ」

「そんなことないと思うけど……」


 ツバキの謂われなき中傷はともかく、確かにドワーフ激似の案内人さんも言っていた。

 強い魔物の方が美味い、と。

 そしてぼくと違ってツバキは女騎士学園の生徒。

 つまり、ぼくでは判別できないような微妙な魔物の強さも感じ取れるのだろう。


 ……なるほどね。


 素人のぼくから見れば、コカトリスとさっきのウサギは一緒だけれど。

 ツバキのような専門の訓練を受けていると、その違いすら分かると言うことか……!


「まあでもツバキが言うなら、そうなんだろうね」

「……お主がなに考えてるかは知らないが、その考えは絶対に間違ってるのだ」

「なんでさ!」

「お主のそのムダにニコニコした顔が全てを物語ってるのだ」

「酷くないかな!?」


 ツバキがぼくをどう思ってるのかは、別の機会に問い詰めるとして。

 さてこれからどうするかと、案内人さんから買ったダンジョンの地図を眺めていると。

 ふといいアイディアがぼくに浮かんだ。


「トーコさん、見てください。ここ」

「どったの?」


 トーコさんを背中から降ろし、ぼくは地図の一点を指さした。


「ここです、ここ!」

「ん……? 十階に落ちるトラップ、絶対踏むなって書いてあるわね」


 そうなのだ。

 この階のとあるトラップに引っかかると、床がパカッと開いてそのまま下へ滑り落ちる。

 そして行き着く先が最下層、十階のようなのだ。


「エグいトラップだねー……しかも十階って部屋が一つじゃない。つまりは罠に引っかかって滑り落ちた先は、このダンジョン最強の魔物に囲まれてフルボッコってことでしょ?」

「ええ。ということはこのトラップ、ショートカットとして使えますよね」


 逆転の発想というやつである。

 トラップだと思うから危険に見えるのであって、どうせ十階まで降りるのだと考えれば便利なショートカットというわけだ。

 もちろんわざと罠に引っかかるわけだから、事前に同意は得ておかなくちゃだけど。


「どうでしょう、トーコさん」

「んー……まあいいんじゃない?」

「やっぱりトーコさんもそう思います?」

「まあね。普通なら止めるけど、スズハ兄がいれば大丈夫でしょ」


 思ってたよりも、だいぶ雑な理由で許可された。

 そしてわざと罠に引っかかり、十階へと降り立ったぼくたちは。


 そこで待ち構えていた魔獣──一頭が家のように大きな暴れ牛の群れに囲まれた結果。

 掠り傷一つ負わずに、きっちり殲滅したのだった。


 ****


 その後は、当然ながら焼肉祭りとなった。

 とにかく肉を捌いては焼き、また捌いて焼き。

 新鮮なレバーとかは、持参したゴマ油を付けて刺身でパクリ。


「なにこれっ──ちょっとスズハ兄、滅茶苦茶美味しいんだけど!?」


 宮廷料理を食べ慣れたトーコさんからも絶賛のお言葉。

 スズハとツバキは目を血走らせ、無言で肉を暴れ食いしまくっている。

 ……ちゃんと隠しておかないと、ユズリハさんに持っていく分まで食べられちゃうかも。

 気をつけて確保しておかなければ。


 そしてあらかた肉を捌き終え。

 ようやくぼくも、焼けた肉を口の中に入れて──


「…………」


 コトリ、と無言で箸を置く。

 そんな様子に気づいたトーコさんが、


「ん? スズハ兄、どったの?」

「このお肉は出来損ないです。食べさせられませんよ」

「ええっ!?」


 いやもちろん、普段のお肉とは比べものにならない味なのは間違いない。

 けれどぼくが求めているのは、ユズリハさんをお祝いする最上級の魔獣のお肉。

 そしてこのお肉は、もちろんとても美味しいけれど。


 ──ぼくが今まで食べたことのある魔獣のお肉の味には、遠く及ばなかったのだ。


「いったい何が原因なのか……?」


 目を閉じて考えると、思い浮かぶ可能性は一つ。それは。

 このダンジョンの魔物が、あまりにも弱すぎたこと。


「ねえスズハ」

「ふぁんふぇふょーは?」

「食べながら聞いてくれればいいからね。……さっきの巨大暴れ牛、魔獣としての強さはどうだったと思う? それなりには強かった?」


 聞くと、スズハは厚切りタンを口一杯に頬張りながら首を横に振った。


「そっか。ツバキはどう?」

「まあ魔獣というほどの強さではないのだ。あと上ミノ用の味噌が欲しいのだ」

「はいはい」


 ツバキに持参した味噌を渡しながら納得した。

 やっぱり、女騎士見習いの二人もそう言うのなら間違いないだろう。

 ちょっとしたお祝い事ならともかく、お世話になったユズリハさんの成人祝いとなれば、ぼくができる最高のもてなしをしたい。

 それならば、もっと魔獣が強いダンジョンに行かなければダメなのだ──!


「トーコさん。別のダンジョンの情報ってどこで入ると思います?」

「んー? そうねえ、ダンジョンの案内人とかなら商売敵になるダンジョンのこととかも知ってるんじゃない? お客さんからそういう話も聞くだろうし」

「なるほど」


 方針は決まった。

 地上に戻ったら、ひとまずダンジョンの案内人さんに話を聞いてみよう。

 そして情報を集め、最高峰のダンジョンに挑戦する。

 そしてユズリハさんのお祝いにふさわしい食材をゲットするのだ──!


「なんかスズハ兄燃えてるけどどうしたの? あ、あとテールスープ食べたい」

「はいはい」


 ……そんなこんなで、次のダンジョンのことに意識を馳せていた結果。


 はっと気づいたときには、山ほどあったお肉は綺麗さっぱり食べ尽くされていて。

 留守番をしていたカナデとうにゅ子に、滅茶苦茶怒られたのだった。


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