20章 白銀のダンジョン

第204話 キミと一緒に温泉に行けなかった事なんか全然、全くもって嘆いていないから勘違いしないでほしい

 温泉街から帰ってくると、領都がいろんな箇所で工事していた。

 まあ工事が多いことは、活気があっていいことだ。

 そしてトーコさんが王都へ帰ったのと入れ替わるように、その数日後にユズリハさんが城に戻ってきた。


「あれ? ユズリハさん、儀式はもう終わったんですか?」

「儀式はまだだが、面倒な準備は終わったから帰ってきた。あとは儀式当日に戻ればいい。まだ数ヶ月先のことだ」

「そうなんですか」

「だからわたしが戻ってきた事に問題はない。それよりも」


 なぜかユズリハさんがジト目でぼくを見て、


「温泉街では、随分とトーコとお楽しみだったそうじゃないか」

「え、えっと……?」


 ユズリハさんにお祝いの料理を作るのは、できればサプライズにしたかった。

 だからなんとか知らない振りをしようとしたけれど。


「ふん、誤魔化そうとしてもムダだ。証拠は挙がってるんだ」

「証拠ですか?」

「ああ──トーコが、スズハくんの兄上と温泉旅行に出掛けた詳細を、微に入り細に入りバッチリ置き手紙にしたためていったのだからな!」

「えええ……」


 まさかのトーコさんが犯人だった。


「しかるにだ。こう言ってはなんだが、少しばかり薄情ではないか?」

「えっとその」

「いいか? わたしはキミの相棒、つまり一心同体と言っても過言ではない存在だ」


 一心同体はさすがに過言ではとツッコむ暇も与えず、


「ならば、キミが温泉に行くならわたしも一緒に温泉に行かねばならないんじゃないのか。いや別にわたしは、自分だけキミと一緒に温泉に行けなかった事なんか全然、全くもって嘆いていないから勘違いしないで欲しい」

「あ、あの、」

「ただ少しばかりわたしのことも思い出して、ついでに誘ってくれたら嬉しかったのにと思っているだけでな。実はわたしは温泉が好きなんだ。それに温泉旅館だって好きだし、近くのダンジョンでキミと共に魔物を倒すのも良き思い出になるだろう。ついでに旅先で挙式をあげるのもやぶさかでは──」

「ユズリハさん、ぼくの話を聞いていただけると」


 このままだとユズリハさんの暴走が止まらないと判断して。

 ぼくは観念し、包み隠さず話すことにした。


「ユズリハさんに話さず温泉に行ったのは、深い事情がありまして」

「ほう。聞こうじゃないか」

「ユズリハさんのお祝いに相応しい食材を獲りに行ってたんですよ」


 そこから、温泉とダンジョンに行くことになった事情を話していって。

 ──ふと気がつくと。

 ユズリハさんが、両目からはらはらと涙を流していた。


「な、なんということだ──スズハくんの兄上は、わたしを祝うために最高の手料理を、しかも食材から獲って作ろうとしてくれたというのかっ……!? なのに、わたしときたら下種の勘繰りを……!」

「いえ、隠してたぼくが悪いですから」

「いいや、スズハくんの兄上は何も悪くない! 全てはこのわたしが、相棒であるキミを心の底から信じていなかったのが原因だ──本当に申し訳ないッッッ!!」


 その場で腰を直角に折って謝罪するユズリハさん。


「そ、そんな! 頭を上げてください!」


 その後なんとかなだめすかして、ユズリハさんを落ち着かせるぼく。

 結局、熱いお茶とお土産の温泉饅頭を出して、なんとか事態を収拾したのだった。


 ****


「──しかしまあ、アレだ」


 ユズリハさんが熱い煎茶をずずっと呑んで、温泉饅頭を一口。

 ちなみに温泉饅頭とは、温泉地で売っているから温泉饅頭──ではなく、饅頭の生地に温泉を使ったり、温泉でふかしたりするから温泉饅頭というらしい。


「キミの心遣いは本当に嬉しい。わたしの心が舞い上がるようだ」

「それはさすがに大げさかと」

「だがそういうことなら、キミと一緒にダンジョンへ行き、一緒に食材を獲りたかった」

「それだとサプライズにはなりませんから」

「もちろんサプライズで祝ってくれるのも嬉しい。だが一生に一度の儀式を祝うために、相棒と一緒にダンジョンに行くことは──それこそ生涯、決して色褪せない宝石のような記憶になるのではないだろうか?」

「そうかもしれませんね」


 とはいえそういうのは、ぼくじゃなくて婚約者とかとやるべきだとは思う。

 ていうかユズリハさんって、婚約者とかいないんだろーか?

 普通は公爵令嬢って、生まれたときから婚約者とかいるはず。

 まあサクラギ公爵家のお家事情に首を突っ込む気はないので、詳しく聞きはしないけど。


「ならユズリハさんが良ければ、一緒にダンジョン行きます?」

「……なに?」

「結局、ダンジョンの中で食材が獲れなかったんですよね」


 ユズリハさんに改めて説明する。

 ダンジョン内の魔獣の肉が、今までぼくが食べた肉と比べてイマイチだったこと。

 だから改めて、別のダンジョンに行こうと考えていたこと。

 そして魔獣が強ければ強いほど、味も良くなるらしいこと。

 だから最高に味が良い魔物を獲るために、ユズリハさんが一緒だと大変心強いこと。


 ──そんなことを話していくと。

 ユズリハさんの瞳が、話が進むほどにキラキラと輝きを増して。

 ついにはこう叫んだのだった。


「うむ、わたしは絶対に行くぞ! キミと一緒にダンジョンに!!」

「分かりました。じゃあ後は、どのダンジョンに行くかですが──」

「それなんだが、わたしに一つ腹案がある」


 ユズリハさんが懐から地図を取り出して広げると、中央付近の一点を指さして。


「この一帯は、大陸でも随一の高山地帯でな」

「はい」

「その中でもここが、この大陸で一番高い山だと言われている」


 ユズリハさんが指で、トントンと地図を叩いて。


「その山には白銀のダンジョンと呼ばれる美しいダンジョンがあるのだが……あまりにも高難易度なため、数多の冒険者が登頂を試みたものの成功した人間は誰もいない」

「それだけ強い魔獣がいるということですか?」

「それもあるだろう。なにしろこのダンジョンの頂上には伝説の魔獣、ロック鳥がいると言われているしな」

「ロック鳥ですか!?」


 ロック鳥とは、翼を広げた大きさが小さな島ほどもあるとされている、伝説の魔獣だ。ということは、必然的に。

 その味は間違いなく鶏肉の最高峰、まさにキングオブキングスに違いない。

 これからも世界に羽ばたくユズリハさんを祝福するに相応しい食材と言えよう。


 噂にしか聞いたことが無かったけれど、まさか実在するなんて。

 それに、いくら鳥とはいってもそこまで大きいと苦戦する可能性も大いにあるけれど、最強女騎士のユズリハさんが一緒なら怖いもの無しだ。


「いいですね、それ」

「そうだろうそうだろう。──それに白銀のダンジョンは、とても幻想的で美しいそうで、そこで愛を誓った男女は、永遠に幸せになるという伝承もある。わたしとしては、いつか未来の旦那様と一緒に登ってみたいと、ずっと思っていてだな……」


 ユズリハさんが照れくさそうに左右の指をツンツンしながら、そう付け加えた。

 まあそっちは、いつの日かユズリハさんと未来の旦那さんで、改めて登ってもろて。


 ****


 そんなわけでぼくは、次の目標として。

 白銀のダンジョンを頂上まで登り、頂上に棲むロック鳥を狩ろうと決めたのだった。

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