第205話 温泉饅頭とういろう
執務室に行き、仕事中のアヤノさんにお土産の温泉饅頭とういろうを渡して。
白銀のダンジョンへ向かう計画を話すと、眉根を寄せて考え込まれてしまった。
「そうですか。白銀のダンジョンに……」
「えっと、ひょっとして仕事が忙しいとか? ぼくも城にいた方がいい?」
「いえ、そちらは問題ありません。ですが白銀のダンジョンとなると……」
「この前ダンジョンに入ってきたけど、魔獣の味がイマイチだったことを除けば、とくに問題は無かったよ?」
「そちらは聞いてますが、白銀のダンジョンというのが問題なんです」
白銀のダンジョンは大陸最高峰の山中にあり、頂上にはロック鳥が住まうということで、文官のアヤノさんも知っている有名なダンジョンらしく。
なので名前を聞いただけで、どんなところかすぐに分かったのだという。
そしてアヤノさんが、おもむろに指摘するところによると。
「──問題は、白銀のダンジョンの標高が恐ろしく高いということです」
「恐ろしく高いって、どれくらい?」
「正確な数値は分かりません。しかしダンジョンのある高山の標高は、一万メートルとも二万メートルとも言われています。」
「そんなに高いんだ?」
「なにしろ、どれだけ標高が高いか分からないにもかかわらず、誰もが最高峰だと認める。それほどに高い山らしいです。そして閣下の目的がロック鳥の捕獲である以上、頂上まで行かなければならないでしょうね」
「……ふと思ったんだけど、人類未踏峰のはずなのに、どうしてロック鳥が頂上にいると知られてるのかな? ひょっとしたら頂上まで行かなくても……」
「ロック鳥は海に浮かぶ島よりも大きいそうですから、天気の良い日ならば山裾からでも見えるのかと」
「そっかあ」
つまり山頂まで行くのは確定らしい。まあいいけど。
「ですが閣下。そこまでの超高度となると、様々な問題が起きます」
「どんな問題?」
「高度が上がるほど気温が下がり、空気が薄くなり、天候も不安定になるため、一般人の生存は極めて困難になります。閣下の戦闘技能は疑いの余地など皆無ですが──」
アヤノさんに真剣に悩まれると、ぼくとしても自信が無い。
魔獣相手にはそれなりに戦える自負があるけれど、一万メートル越えの高山は未経験。つまりよく分からない。
どうしたものかと考えていると。
「閣下、どうでしょう。ここは専門家に相談してみるというのは」
「専門家って高山の?」
「はい。貴族にはダンジョンや登山、秘境探検などの趣味を持つ人間がそれなりにいて、その貴族相手のレクチャーを生業とする者がいます」
「なるほど。つまりその人に……」
「はい。閣下が白銀のダンジョンに入っても大丈夫か確認するとともに、高山についてのレクチャーを受けるのがいいでしょう。わたしの方で講師を探しましょうか?」
「うん、お願い」
「承知しました」
「あとそれって、ユズリハさんも誘った方がいいかな?」
「どうでしょう。ユズリハ嬢は歴戦の女騎士ですから、高地の心得もありそうですし……本人に聞いてみるのが一番かと」
「そうだね」
その後、ユズリハさんに確かめてみたところ。
ユズリハさんは高山での経験も豊富で「頼りになる相棒として、いざとなったらキミをお、お姫様抱っこで介抱してやるからな!」とのことだったので、レクチャーに誘うのは止めておいた。
さすが国一番の女騎士、頼りになるなあ。
****
そして数日後。
アヤノさんが手配してくれた先生が、城まで来てぼくたちに講義してくれることになり、ぼくとスズハは張り切って受講した。
青年から中年に差し掛かったという年齢の講師がしてくれる説明は丁寧で分かりやすく、それ自体は非常に良かったんだけれど。
なんというか、これがイマイチ役に立たなかった。
それがどういうことかというと。
「──標高が高くなればなるほど気温が低くなり、一年中雪が降ります。なので高山では、夏でも雪崩が起きるわけですな。そしてもし雪崩に巻き込まれてしまったなら、人間など一溜まりもありません」
「先生、雪崩の威力とは具体的にどれくらいなのですか?」
スズハの質問に先生がしばし考え込んで、
「もちろん雪崩の規模や種類によって千差万別ですが……そうですなあ。大規模な雪崩が直撃すれば、人間どころか熊だって身体が潰され即死するほどです」
「えっ……?」
それのどこが危険なんだろう。
横に座るスズハも同じくそう考えたようで、
「……兄さん。それだと、ユズリハさんにビンタされるよりも弱くないですか?」
「ユズリハさんもそうだけど、スズハだってビンタ一発で熊くらい斃せるよね」
「兄さんなら指一本……いえ、剣圧だけでも瞬殺ですよね?」
「さすがに剣圧だけでは、やってみないと分からないけど」
なんて話があったり、
「──クレバスというのは、氷河にできる深い割れ目のことです。中には割れ目の深さが、およそ数十メートルから百メートルに及ぶこともあり──」
「……兄さん、それってどこが危険なんですか?」
「うーん……まるで鍛えてない一般人ならともかく、ぼく程度でも百メートルなら余裕で着地できるけどなあ」
「空中で体勢を整える時間がある分、高さが低いより頭を打つ心配もありませんし」
「だよねえ」
なんて話があったりで、先生の話が終始ピンと来なかったのだ。
****
そして先生が帰った後、アヤノさんに講義の感想を聞かれたので素直に答えたところ、アヤノさんはなぜか頭を抱えて。
「そうでしたね……閣下に常識的な講師を宛がったのは、明らかにわたしの失敗でしょう。申し訳ありませんでした……」
「なんか酷い言われようだ!?」
とはいえ、先生の話を聞いても大丈夫そうなら平気だろうという話になり。
正式に、白銀のダンジョンへ向かうことが決まったのだった。
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