第195話 ゴリラ令嬢

 その日の野営の準備を済ませて夕食も水浴びも終えた頃には、すっかり日も暮れて。

 カナデとうにゅ子、ツバキの三人はもう静かに寝息を立てている。

 ……三人とも腹を出して寝ているのは、ちょっとどうかと思うけど。


 そしてぼくとスズハ、トーコさんは、焚火を囲みながら雑談していた。

 今回の旅は、最近いつもぼくたちと一緒だったユズリハさんが一緒ではない。

 その代わりに彼女の親友であるトーコさんが一緒となれば。

 話題は自然と、ユズリハさんの昔話になるのだった。


「──あの子ってば、小さい頃から男に関しては相当こじらせてるからねー」


 焚火に照らされたトーコさんが、悪い顔をしながら親友の過去を語っていく。


「なんたって貴族最上位の公爵令嬢だから実家はカネも権力も捨てるほどあるし、それに本人のスペックも顔もスタイルもぶっちぎりな国内最強女騎士で超有名人だったからね。もう国内外を問わず、男がわんさか寄りまくってくるわけ。──あの頃の貴族の男子で、ユズリハに恋してない男は一人もいなかったって断言できるねー」

「ほえー……」


 まあユズリハさんなら、それくらいの逸話があっても不思議じゃないかもだけど。

 感心するばかりのぼくの横で、スズハが「はいはい」と手を上げて。


「ですがその頃、同年代には顔もスタイルも互角の王女がいたはずですが?」

「あー。ボクはてんで人気無かったわ」

「とてもそうは思えませんが?」

「スズハも憶えておくといいよ……後継レースで勝ち目が見えない王女なんてものはね、他国の王家に嫁がされるって相場が決まってるの。つまり最初から対象外ってこと」

「なるほど。勉強になります」

「ホントに!?」


 スズハがその知識を役立てる日がくるとは到底思えないけど。


「でも一人も、ユズリハのお眼鏡にかなう男はいなかった。それどころか婚約者の候補もみんなイヤだって言い出したのよ。その理由はまあ、ユズリハの理想が高すぎたっていう、よくある話なんだけどね」

「どんな理想だったんです?」

「そりゃもう簡単──少なくとも、自分よりは強いこと」

「あー……」


 そりゃムリだねえ、と苦笑するしかない。


「話を聞いたとき、ボクも目が点になったもんだわ。その後はボクと公爵が二人がかりで説得しまくって、最終的に国内外の貴族に対して宣言したわけ。こうなったら少しばかりハンデ戦でもいいから、ユズリハに勝った男を婿候補にするってね」

「うわぁ」


 なんかそれ、オチが見えたような。

 ぼくの予感は正しいとばかりにトーコさんが肩をすくめて、


「まあ後から考えたら、そんなのでユズリハに勝てたら苦労しないわよねえ。結果的には例えばある勝負ではユズリハが小指一本、伯爵家長男が両手で腕相撲したにも関わらず、ユズリハが瞬殺したあげく衝撃で長男の両腕が折れたとか」

「……」

「全身鎧で固めた侯爵家次男を普段着のユズリハがビンタ一発で半年間入院させるとか、まあさんざんだったわけよ。当然勝った人間なんて一人もいないし、ユズリハにこっそり陰でつけられた渾名がゴリラ令嬢」

「「ゴリラ令嬢」」

「まあユズリハとしては、婚約者候補だからって手を抜かずに相手した結果らしいけど」


 それなんとなく分かる。

 ユズリハさんって妙なところで真面目というか、手を抜けない所があるんだよね。


「ユズリハさんらしいかも」

「まあねー。……そんなこともあって、その五年後に理想の相手が現れたときはもうね、滅茶苦茶舞い上がりまくったわけよ。隙あらばボクに自慢したり惚気たりしてくるわけ。それで『いいだろー。王女は庶民と結婚できないからな!』とか自慢してさ」

「へえ」


 するとユズリハさんのお眼鏡にかなう相手は庶民なんだろうか。

 それにしても、本気のユズリハさんより強い相手というのは大したものだ。

 ぼくらと訓練するときなんかは、あくまで本気じゃないはずだからね。


「……またスズハ兄がアホなこと考えてる顔してるけど」

「ひどい!?」

「まあそれはともかく、ボクの言いたいことはね」


 こほん、とトーコさんが咳払いをして。


「──ユズリハは陰で、ボクが乙女チックだの夢見がちだの白馬の王子様を待ってるとか言ってるみたいだけど、ユズリハの方がぜんぜん乙女な少女なんだからね! そこんとこ忘れないよーに!l」

「ああ、そういう」


 なんでトーコさんがユズリハさんの過去を暴露したのか、ようやく分かった。


「……えっと兄さん。これは自分が恥ずかしい目に遭ったから、逆恨みでユズリハさんも同じ目に遭わせてやれっていうことでしょうか……」

「スズハ。それ以上いけない」


 忘れがちだけどトーコさんは女王で、ユズリハさんは公爵令嬢。

 そんな貴族の頂点に立つ方々の醜聞を、暴露されたぼくたちは。

 ただ黙って、頷くことしかできないのだから──

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