第5話 公爵家当主のお宅訪問

 ユズリハさんがやって来て、ぼくを一方的にボコっていった日から数日後。


「スズハ、今日はハンバーグだよ」

「わあぃ。兄さんのハンバーグ、お肉の感触がしっかり残っていて大好きです」

「特製粗挽きハンバーグだからね」


 そんな我が家の夕食時、またもユズリハさんがやって来た。

 しかも新キャラのおっさんを連れて。


「ユズリハさんこんばんわ。えーと、そちらの男性は?」

「ワシはユズリハの父お──遠い親戚の者だ」


 父親だ! いま父親って言おうとした!

 このいかにも大貴族って感じの角刈りオヤジ、ユズリハさんの父親に違いない。

 てことはえーと、この国の三大公爵家の……?


「あー、ワシは遠い親戚だが貴族ではないので、気遣いは無用だ」


 慌ててスライディング土下座を決めようとしたぼくを制して、ユズリハさんの父親が言った。


「ワシのことは、そうだな……ただのアーサーとでも呼ぶといい」


 アーサーって言えば、サクラギ公爵家現当主の名前じゃないか!

 いくら平民のぼくでも知ってるくらい有名だよ!


「ユズリハさん、これって一体どういう……?」


 ぼくがジト目で見るとユズリハさんが苦笑して、


「まあまあスズハくんの兄上? そういうことだから、我々に気遣いは不要だ。わたしは貴族も平民も関係ない学生の身分だし、この父う──アーサー殿は貴族ではないと、まさに本人が言っているのだからな」

「さいですか……」


 まあこっちとしても、その方がありがたい。

 ぼくだって無礼打ちは勘弁して欲しいからね。

 とは言っても二人を前に、おもてなしを全くしないわけにもいかず。


「えーっと、今から夕食でハンバーグだったんですが……お二人も食べます?」

「いただこう」


 即断だった。

 ていうか大貴族の当主サマだよね、毒味とかしなくていいんだろーか?


「スズハくんの兄上、父う──アーサー殿のことなら心配いらない。たとえ大貴族の当主といっても、戦場に赴けば毒味などという悠長なことはしていられないからね。だから毒味なんて普段からやっていないのさ」

「ぼくの思考を読まんでください」


 あと大貴族じゃなくて平民って設定、もう忘れているのはいかがなものか。


 ****


 意外なことに我が家のハンバーグは大変好評だった。

 公爵は「美味し! 美味し!」と叫びながら暴れ食いした上おかわりまで要求する始末、ユズリハさんは「わたしの父う──アーサー殿が申し訳ない」と頭を下げながら、ちゃっかり自分のハンバーグもおかわりしていた。


 そんなわけで、大量に用意していたスズハ用ハンバーグは綺麗さっぱり無くなってしまった。

 おかわりハンバーグがゼロになったスズハは涙目で二人を睨んでいたが、父親の公爵は完全無視、娘のユズリハさんは顔を背けてヘタな口笛を吹いていた。

 ていうかスズハは大貴族を睨み付けるんじゃありません。

 

「ふう、久々に食った食った」


 ご満悦で腹をポンポン叩いている公爵に要件を伺う。


「それで、今日はどのような件で我が家にいらしたんです?」

「うむ。それだがな」


 ぼくに言われて思い出したように公爵が向き直って、


「ワシのむす──ユズリハを負かした男がいると聞いてな」

「……はい?」

「自慢じゃないがワシのむす──ユズリハはな、世界で一番強くて一番可愛い。平民に嫁になぞやらん!」

「ちょちょ、ちょっと父様っ!?」

「はあ、その通りですね」


 ユズリハさんが極めて強くて可愛いのは客観的事実だし、父親ならそう思うのは当然だろう。

 あとユズリハさんが父親って認めたんだけど、もうツッコまないぞ。面倒だし。

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