第20話 死闘をくぐり抜けた勲章(ユズリハ視点)
夢を見た。
スズハくんの兄上が、わたしの唇を貪りながら、頑張って、死なないでと何度も語りかけてくる夢。
わたしが大丈夫と何度言っても、スズハくんの兄上には聞こえないようだった。
そういえばこれって、わたしのファーストキスだ……と気付いたけど、別にいいやと思い直した。
わたしは致命傷だ。間違いなく死ぬ。
それくらい、自分が一番分かってる。
小さい頃から、恋をするのは自分より強い人って決めていた。
わたしは公爵家の娘だ。結婚相手は父様が決めて、わたしの自由にはならない。
だから恋愛相手くらいは、わたしが自分で選びたかった。
その点スズハくんの兄上は強いし優しいし、いざという時カッコいいし、普段はいろいろ問題点も多いけれど、いざとなれば強くてカッコいい。
だからファーストキスを捧げてもいいと思った。
ついでに無駄に発育しすぎた乳房を荒々しく揉みしだいて、そのままセックスしてくれればなお有難い。
生涯処女のまま死ぬのは御免だ。
けれどやっぱり騎士たるもの、いつ死ぬのか分からないんだから、さっさと初体験を済ましておけばよかったな──
「──リハさん! ユズリハさん!」
「……でも高級男娼って相当お高いしな……ふにゃ……?」
「ユズリハさん! よかった、意識が戻った──!」
両目から暖かい涙を流しながら、ぎゅーっとわたしを抱きしめてくれるスズハくんの兄上。
ここは天国か?
****
「──いやいや、敵兵をあれだけ殺しまくったんだぞ? わたしは絶対に地獄行きのはず……ならばこれは一度幸せの絶頂まで持ち上げてから落とす、新機軸の残酷拷問地獄……!」
「ねえユズリハさん? 言っとくけどここは天国でも地獄でもないですから、ていうかユズリハさんまだ生きてますからね?」
「は?」
なにを言っているのだスズハくんの兄上は、とユズリハは思った。
手刀が貫通して胴体に穴が開いたんだぞ、生きているはずがない。
ひょっとしてトーコのアホでも移ったのだろうか。
「……ボクをじっと見つめるその眼差しで、ユズリハがとんでもなく失礼なことを考えてるのは丸わかりだけど、残念ながら本当だよ?」
「意味が分からん。なぜ死なないのだ」
「スズハ兄が、どう考えても致命傷のユズリハを治療して見せたのさ。泣いて感謝するといいんじゃないかな?」
「──スズハくんの兄上は、実は凄腕の治療術士だったりもするのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
それからユズリハたちが聞いた話では、スズハの兄は自分の膨大な生命力だの魔力だのを変換して他人に譲渡する、独自の治療魔法が使えるという。
ただし完全に自己流で制御もロクに効かず、例えば目の前で致命傷を受けたような、極々限られた状態でのみ使えるとのこと。
まさに今回、ドンピシャな状態だったわけだけど。
「あと、彷徨える白髪吸血鬼は……?」
「逃がしました」
悔しそうにスズハの兄の顔が歪む。
「そんな顔をするな。あの悪魔と対峙して生きている方がよほど奇蹟だ」
「はい……」
「そうだ。新入生たちはどうした?」
「こちらの戦闘に気付いた段階で逃げたようです。軽い怪我人が数名いるみたいですが、あの悪魔とは交戦していません」
「そうか。よかったな」
ユズリハが、それもこれもみんなスズハくんの兄上のおかげだと、労をねぎらおうとした時。
「それもこれも、みんなユズリハさんのおかげですね」
「……どうしてそうなるんだ?」
「ユズリハさんが命がけで、彷徨える白髪吸血鬼の注意を引いてくれたおかげでぼくたちは、なんとかあの悪魔を追い払うことができたんです。当然でしょう」
「それは違──いや、そうなのか、な……?」
「もちろんですよ」
ユズリハが戦争で褒められた回数は数え切れない。
それらの賞賛は当たり前すぎて、言われてもなんの感慨もわかないし、もう飽き飽きだと何年もずっと思っていた。
──けれど。
こんな、死にかけた自分の無残な姿を、平民の男子に褒められることがこんなにも、飛び上がりたいほど嬉しくて。
生まれて初めて、本当に褒められたのだという気すらして。
「──そうか。わたしはずっと──」
ユズリハは理解した。
自分は、誰彼構わず褒められたいんじゃない。
自分の背中を預けられる、命がけで信頼できる相棒に、ずっとずっと褒められたかったのだと。
「あとユズリハさん、本当に申し訳ないことがもう一つ……」
「なんだ?」
「ユズリハさんの身体は治したんですが、ぼくの力不足で傷痕は残ってしまいました……」
そう言われてユズリハがメロンより大きな乳房をめくると、そこには悪魔の拳が貫いたであろう痕がはっきり残っていた。
トーコがユズリハの胸元をジロジロと眺めながら、
「んー、でもスズハ兄はあの時、ユズリハを直すのに精一杯だったんだから仕方ないよ。スズハ兄は本職の治療術士でもなんでもないんだから」
「うむ。トーコの言う通りだな」
「それに多分だけどさ、これくらいの痕なら王都に戻って本職の治療術士に見てもらえば、かなり綺麗に治ると思うよ?」
「そうか。だがそれは困るな」
「は? ユズリハ、それってどゆこと?」
「この傷はそのままがいい」
──この傷は、わたしが仲間とともに死闘をくぐり抜けた勲章と同じだ。
それを捨てるなんてとんでもない。
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