第21話 公爵令嬢をキズモノにした責任を取らされるとか

 なんだか色々ありすぎた旅路から帰ってきて間もなく、ぼくはサクラギ公爵家から呼び出しを喰らった。

 アレか。

 公爵令嬢をキズモノにした責任を取らされるとか、そういう展開が待っているのか。

 ぼく一人の切腹くらいで済むといいなあ。

 なんとしても、スズハに累が及ばないようにだけはしなくては──ッ!


 そんな悲壮な覚悟で向かった公爵邸。もちろん一人だ。

 スズハには、ぼくに何かあったらすぐ逃げるように伝えてある。

 けれど公爵家に到着して起こったことは、想定の真逆で。

 なんと当主であるユズリハさんの父親自ら玄関で出迎えたあげく、ぼくに深々と腰を曲げたのだ。


「今回は、娘の命を救ってくれたようだな。感謝する」

「ええええええっっ!?」

「……なにを驚いている?」

「そりゃそうですよ! ぼくはユズリハさんをキズモノにした責任を取って、打ち首にでもされるのかと──!」

「…………お前とは一度、じっくり話をする必要があるようだな」


 それからぼくは、否応もなく書斎へと連れて行かれた。

 サクラギ公爵家当主の書斎。

 そこが一般客どころか親しい大貴族ですら入室を許されない、だけが入れるなんてことを、平民のぼくが知るよしもなく。

 間の抜けた顔で豪奢な室内をキョロキョロしていると、公爵に座るよう促された。


「まずは今回の件だが、我が娘が粗相をしたようだ。謝罪する」

「……はい?」

「ユズリハが胴体に風穴を開けられた件だ」

「あ、あれはぼくを助けてくれようとしたからで、」

「お前はわざと隙を作って、悪魔を誘ったのだろう?」

「……どうしてそれを……?」

「トーコから話は聞いた。お前が危機に陥ったと思われたとき、お前の妹は落ち着いていたそうじゃないか」

「…………」

「今までの言動から鑑みて、本当にお前がピンチなのならばまず妹が身を投げ出すだろう。だがそうしなかった。ならば答えは一つだ」

「……本当のピンチでスズハに身を投げ出されたら、それはそれで困るんですけどね……?」


 推測の経緯はかなりザルだと思いつつ。

 話を聞いただけで状況をかなり正確に把握するのは、さすが大貴族といったところか。


「ですがいずれにせよ、ユズリハさんのおかげで助かったのは事実です」

「ほう。我が娘は役立ったか」

「それはもう。ユズリハさんがあそこで乱入してくれたからこそ、他の三人はケガもなく、彷徨える白髪吸血鬼を追い払えたのですから。取り逃したのは悔しいですが……」

「アレは国家滅亡級の大災厄だ。それを単身で追い返しただけ大したものなのだ、自惚れるな」

「……はい」


 公爵は言葉こそ厳しいが、目元には優しさが滲み出ていた。

 ぼくが後悔を引き摺らないように、あえて厳しい言葉をかけたのだろうと分かる。

 さすがは大貴族様やで。


「というわけだ。娘が傷を負ったのも自業自得だし、その傷も治ったのだから問題ない。ワシとしてはお前に、娘を護ってくれた感謝を示さねばならないわけだ」

「いえ、そんなのは当然なことで別に──」

「娘を護ったのが当然ならば、それに礼を示すのもまた当然だろう。謝礼すらきちんとできん奴は、貴族以前に人間失格だな。──まさかお前は、ワシを人間失格にしようとはすまいな?」


 そう言われれば黙って首を横に振るしかない。

 ぼくだってもしもスズハが誰かに命を助けられたら、相手が当然だと言っても礼をするに決まってるのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る