第22話 オススメは我が公爵家の権力を総動員して、お前を一代貴族にしてしまうこと
──貴族を舐めてはいけない。財力に関しては、とくに。
そう痛感するぼくだった。なぜならば。
「褒美は好きなものを要求しろ。金でも貴金属でも美術品でも構わん。土地でもいいし、名誉でもいい。ワシのオススメは我が公爵家の権力を総動員して、お前を一代貴族にしてしまうことだ」
「……なんですって?」
「無論、本当の貴族ではないから王族と結婚などはできないが、ほかのことなら我が公爵家肝煎りの新興貴族として大抵のことはできよう。土地も人員も手配するし、将来的にはワシの身内と結婚させて──」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
このままだととんでもないことになる、と直感したぼくは慌てて妥協点を探り始めた。
ここで大切なこと、なにもいらないは絶対ダメ。
公爵オススメセットがドカンと降ってくる。
かといって金銭なんかを要求したら、きっとぼくのような庶民には管理できない恐ろしい額が渡されそうだ。
そんなもんは要らない、過ぎたる金は身を滅ぼす。
名門公爵家の直系長姫──しかもあの
なにか無いか?
なにかこう公爵のプライドを満足させて、それでいて実害もないような方法は──
「──あった!」
「なんだと?」
「なんでもありません。──それではぼくから、一つお願いがございます」
「言ってみろ」
「今後のスズハと、ついでにぼくに対する、公爵家の後見をお願いしたいのです」
「ほう……?」
公爵の口の端が釣り上がった。
あ、これ絶対あくどいこと考えてるやつだ。
「ふん、欲の無い奴め。そんなことではいつまでも平民のままだぞ?」
「その予定です」
「目先の金銭などより、我が家の加護の方が欲しいと抜かすか」
「恐れながらサクラギ公爵家の御威光は、我が国の隅々まで届いております。その公爵家の庇護を受けるとなれば、妹のスズハも貴族だらけの王立最強騎士女学園で随分やりやすくなるでしょう」
「間違いないな。もしも生半可な貴族が、権力を盾に無茶を言ってくるようなら、逆に一族もろとも叩き潰してくれるわ」
「そ、そこまでしていただかなくても結構ですが……?」
なにそれ貴族こわい。
平民に生まれて良かったと心底思う瞬間である。
「しかし謙虚も度が過ぎればイヤミにもなる。お前に褒賞を出したことが知られれば、我が公爵家が後ろ盾になったと誰もが気付くだろう。それは実質お前が要求したことと同じだ。ならば金銭を受け取った方が得ではないのか?」
「いえ、そんなことはありません」
「ほう?」
「他に褒美を頂いてしまえば、どうしても困ったときにお願いをしづらくなりますから」
「そうかそうか……ははっ! 一見善良な平民に見えて、なかなか腹黒い奴め!」
「……はい?」
「一時的な金銭などいらぬ、その代わり我が公爵家を顎で使う権利を欲する。つまりお前はそう言いたいのだな?」
「そんなことは言ってませんよ!?」
「ああいい、腹の探り合いはもう無しだ。ワシはお前を気に入った!」
なんだか盛大な勘違いをしたらしい公爵が、なぜか新しい悪巧みの仲間を見つけたような目でぼくを見た。どうしてさ?
「我が公爵家直系長姫の命の対価として、助力を求む、か──なるほど。これは普通に考えて、ユズリハが一生掛かっても払いきれない対価だなあ?」
「え、えっと……?」
「目先の餌に釣られず、長い目で見た最適解を掴み取る。なるほど、ただ強いというだけではないということだ。悪くない、悪くないぞ!」
なんだか勝手に納得する公爵。
そんでもって、すごく勘違いで過大評価されている感がありありだった。
でもここで口を挟むともっと面倒になりそうなので、ぼくは愛想笑いを浮かべて黙るしかない。
「そういうことなら話は早い。──今のうちに聞いておくが」
「は、はい」
「お前はユズリハと結婚したいか? それとも別の娘がいいか?」
「なに言ってるんですか突然!?」
「──だ、旦那様! 一大事です!」
ぼくが思わず声を荒げたのと、公爵家の執事が慌てて入ってきたのが同時だった。
公爵がギロリと執事を睨めつけて、
「どうしたというのだ? いま我々は、公爵家の未来を決める話し合いをしているのだが?」
「大変申し訳ございません! ですがユズリハお嬢様が……!」
「ユズリハさん、どうかしたんですか!?」
「は、はいっ! 皮膚痕の除去術式は無事成功したのですが、目を覚まされたお嬢様がご自身の綺麗になった身体を見たとたん、暴れ出しまして!」
「なっ!? まさか治療魔術の副作用が──!」
「それがそのっ! お嬢様が『わたしの痕をっっ、スズハくんの兄上との絆の証しを返せえええっ! うっうわああぁん!!』などと泣き叫びながら、全裸のまま邸内でところ構わず暴れまくり、手が付けられない状態でして──!」
「…………あ、あのアホ娘が…………!」
公爵がガックリと力の抜けた状態で顔を覆う。
……なんだかよく分からないけど、ぼくのせいじゃないよね?
「えっと、ぼくもお手伝いしましょうか?」
「……頼む。もし娘を見つけたら、優しく抱きしめてやれ。それで恐らく何とかなる」
「は、はい」
「正気に戻ったらユズリハは羞恥で死にたくなるだろうが自業自得だ。知ったことでは無いから気にするな」
「は、はい……?」
なんにせよユズリハさんを取り押さえるために、執事さんの後を駆け出す。
遠くで高価そうな花瓶がガチャンガチャン割れる音が聞こえる。
こりゃ早く止めないと大変なことになる、と気が気でなかった。
だからぼくが部屋を出るとき、公爵がボツリと漏らした一言も聞き流してしまったのだった。
「年頃の男に全裸を見られるか……ふん、嫁に出す理由が一つ増えたな」
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