第23話 全裸のまま屋敷内で暴れまくった(トーコ視点)
わずか数日前から、頻繁に通うようになった公爵家。
トーコは王女として、それまでも公爵家当主と面識はあったが、どこかの貴族のパーティーで顔を見た時に立ち話をする程度の間柄でしかなかった。
それが今では、公爵家当主の書斎で深夜まで密談する間柄だ。
その日もお忍びでやって来たトーコを書斎で出迎えると、当主のアーサーは自ら茶を煎れ、まず自分から口を付ける。
茶に毒など入れていないぞというアピールだ。
「……あれ。今日はユズリハいないの?」
いつも公爵の横にいるユズリハがいないことに首をかしげると、苦々しい口調で返された。
「あのバカ娘は謹慎中だ」
「謹慎? なんでよ?」
「怒りで錯乱したあげく、全裸のまま屋敷内で暴れまくった」
「えっ……」
どんな事情があったのか、ちょっと想像がつかない。
けどいずれにしても、よくブチ切れたユズリハを取り押さえられたなとトーコが感心していると、
「手が付けられないほど暴れていたのに、偶然いたあの男が取り押さえたら一発だ」
「あー、なるほどね」
どうやらスズハ兄が取り押さえたらしい。それなら納得。
きっと正気に戻ったとき、全裸で暴れていたユズリハは真っ青になったはずだ。
人目もはばからずギャン泣きしたかもしんない。
「しっかしスズハ兄ってば、彷徨える白髪吸血鬼とタイマン張れるくらい鬼強い上に超強力マッサージもできて、暴走したユズリハも簡単に手なずけちゃうとか、どんだけーって話よねえ?」
「それだけではない。あの男は頭も切れる」
「そう? スズハ兄はたしかに善良だけど、頭脳派には見えなかったけどなー?」
「ユズリハを助けた褒賞をなんでもやると言ったら、あの男、我が家の庇護だけ貰えれば十分だと答えおったわ」
「うわぉ……平民でその返しはなかなかやるねえ」
なにしろサクラギ公爵家の掌中の珠であるユズリハ、その命の対価だ。
それが生半可なものであっていいはずもなく。
もしも将来、公爵家が少しでもスズハ兄への援助を渋ろうものなら『公爵家の娘の命の価値はその程度か』などと後ろ指をさされることになりかねない。
結果、スズハ兄は今後数十年にわたって、好きなときに好きなだけ公爵家から搾り取れる権利を得たようなものだ。
金銭でも、権力でも、それ以外でも。
「そっかー。スズハ兄、ぽやぽやしてるように見えて油断ならないかー」
「死線を何度もくぐった男だ。それくらいの交渉術はわきまえているのだろう」
「へえ? スズハ兄の過去の話とか聞いたの?」
「聞いてはいない、だがワシも公爵家当主だ。経験でそれくらいは分かる」
「残念。スズハ兄の過去の話だったら、ボクも聞きたかったんだけどなー」
「本人に聞けばいいだろう?」
「なんか滅茶苦茶ヘビーそうだから聞きづらいんだよ。──まあそんな話は、それくらいにしてと」
トーコはパン、と手を打った。
本来なら時間は一分一秒でも惜しい。
トーコは自分が次期女王になるために、絶対必要なカードを見つけた。
だがそのカードは、自分が思い通りに動かせるようなものではない。
だから今後どう誘導していくかを、目の前の公爵家当主とじっくり話し合わなくてはならないのだ。
そしてそれ以外にも、いろいろと考えることは多すぎた。
「いやしかし、ボクが女王になるために公爵と密会するなんて日が、まさか本当に来るとはねー。自分でもびっくりだよ」
「たった一人の男の出現で、時代が変わることがある。世の中とはそういうものだ」
「今回ばかりは本当に実感してるよ。まったくはた迷惑な」
「お前は恩恵を受ける側だろう? その言葉を、権力の座から追い落とされる連中が聞いたら、憤怒の川を渡るだろうな」
「ボク悪くないよー。あのアホ貴族どもが無能なのが悪いんだよー」
「うるさい。とっとと始めるぞ」
とある公爵家の書斎で、今日も秘密の密会は夜更けまで続く。
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