第19話 わたしが死んでも兄さんの邪魔はさせない、と妹は言った(ユズリハ視点)
ユズリハの目の前で、凄まじい戦いが繰り広げられていた。
見た者全てに破滅をもたらす伝説の悪魔──彷徨える白髪吸血鬼と、スズハの兄の攻防。
騎士として、軍人として、今まで鍛えに鍛え抜いてきたはずのユズリハですら、辛うじて視認できるほどの高度な戦いだった。
その勝負は恐らく互角──なのだろうけど、あまりにもハイレベルすぎてユズリハには正直分からない。
圧倒的すぎる攻撃の応酬は、見ているだけで心底震えが止まらなかった。
「……でもスズハ兄、今度は上手くやると言っていたけど……?」
そう漏らしたトーコの言葉に、ユズリハも内心で同意する。
あれは確かに謎だった。
けれど、スズハの一言ですぐに疑問は氷解した。
「……わたしたち兄妹は、以前にも彷徨える白髪吸血鬼と遭遇したことがあります」
「はあっ!?」
トーコが信じられないといった声を出す。
一方でユズリハのココロは半分はトーコに賛成、けれどもう半分は妙に納得していた。
そうでもなければ──たかが人間があそこまで強くなれるはずがない。
「わたしたちの村をあの悪魔が襲ったのは、わたしが五歳の時でした。生存者はわたしたち兄妹だけです」
「いやそんなのあり得ないよね!? 彷徨える白髪吸血鬼に襲われて、生き延びた人間がいるなんて聞いたことないし! それに第一、数年から数十年に一度、この広い世界のどこかに現れるって言われるあの悪魔と二度も遭遇するなんて、それこそ天文学的な確率だよ!?」
「けれどわたしたちは現に二度、彷徨える白髪吸血鬼に遭遇しました。それは事実です」
「……マジなんだ……」
「──わたしたちの村が白髪吸血鬼に滅ぼされたあの日から、兄は狂ったように強くなろうとしました。最近はさすがに落ち着いてきましたが、それは今なお続いています」
──それはユズリハたちが、後から知った話。
スズハが過去をペラペラ話したのは、自分の話に気を取らせて、戦闘に割り込ませる余裕をなくさせるためだったこと。
本当はスズハだって、兄と並んで戦いたくてたまらなかったこと。
けれど兄と並んで戦ったとしても足手まといにしかならない自分の無力さに、その夜スズハが号泣しながら、滝のように吐いたこと──
ドゴゴゴン!! ズガガガガンッ!! などとおよそパンチやキックによるものとは思えない攻撃音が鳴り響いている。
今のスズハの兄上のパンチをマトモに喰らったら、ドラゴンですら臓器破裂で即死するだろうとユズリハは思った。
一方の彷徨える白髪吸血鬼は、そんな絶え間ない攻撃を躱し、受け止め、受け流しながら、隙を見て
こちらもまた、一発でもクリーンヒットすれば即死することは間違いない。
なにしろ流れ弾が飛んだ全長100メートル、直径20メートルはある巨木が、一瞬にして干からびたのだから。
それにしても──
「わたしたちには、スズハくんの兄上を手助けすることすら、できないのかっ──!」
「そうです。ヘタに手助けしようとすれば兄さんの邪魔になります。そんなことは妹のわたしが、絶対に許しません」
「許さないとは?」
「たとえわたしが死んでも、兄さんの邪魔はさせないという意味です」
淡々と紡ぐスズハの言葉で、逆にそれが本気なのだとユズリハには分かった。
結局わたしたちは見守るしかないのだ。
どちらが勝つとも知れない、互角で高度すぎる戦いに──
「ああっ!?」
その時、天秤が傾いた。
彷徨える白髪吸血鬼の攻撃を受け損なったスズハの兄が、派手に吹っ飛んだのだ。
ニヤリと悪魔の唇の端が上がった。
スズハの兄に決定的な一撃を加えようと、悪魔の手刀が振り下ろされ──!!
勝手にユズリハの身体が動いていた。
意識すらせず、ごく自然に、
あたかもそこにあるのが当然のように、
ユズリハがまるで吸い込まれるように、悪魔と彼の間に滑り込んで、スズハの兄を抱きしめるように覆い被さり……
ユズリハの身体は、悪魔の手刀に、背中から胸まで貫かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます