第18話 彷徨える白髪吸血鬼

 結局、新入生たちが三日掛けてゴブリンの巣に辿り着くまでに、ぼくたちは16回もの襲撃を受けた。もちろん全部野盗の類いだ。


「それにしてもユズリハさん、盗賊が多すぎませんかね……?」

「気のせいだろう」

「なんだか野盗にしては、みんな立派な装備な気もするんですよねえ……トーコさんはどう思います?」

「あーアレだよ。今どきの盗賊ってのは、装備もちゃんとしてるもんなのだよ」

「そうなんですか? でもそれにしちゃ、みんなやたら弱かったんですけどね……?」


 ぼくがそう言うと、ユズリハさんとトーコさんが残念な人を見るような、生暖かい眼差しを向けてきた。なんでさ。

 とはいえ盗賊があまりに出過ぎなので、この国の治安はかなりヤバいと思いました。まる。


「何はともあれ、試験の方は無事──」


 空気が変わった。


「…………」

「……スズハ兄? いきなり黙って、どーしちゃったの?」

「どうかしたのだ、スズハくんの兄上? 顔色が真っ青だ、腹でも下したか?」

「え、スズハ兄ぽんぽん痛いの?」


 ユズリハさんとトーコさんが声を掛けてくるけど、それどころじゃない。

 ぼくの異変に気付いたスズハは、驚愕に目を見開いている。


「……来ます……!」

「兄さん、それって──!?」

「みなさん、ぼくの後ろに! 今すぐ!!」


 事情も分かっていないだろうユズリハさんとトーコさんだけど、それでも素早く従ってくれた。

 ぼくの背後にスズハたち三人が移動したところでが姿を現した。


 その外見は恐ろしく痩せた、この世の者とは思えないほど美しい少女。

 白いワンピースに麦わら帽子なんて、夏のお嬢様みたいな格好をしているが決して騙されてはいけない。

 その両眼は、血液よりもなお深い赫色。

 腰まで届くその長髪は、どんな雪よりもなお白い。


 見た者全ての生命を刈り尽くす死神。

 そいつの名前は──


「──彷徨さまよえる白髪吸血鬼──」

「「なっ!!??」」

「スズハ、ぼくが戦う。スズハは二人を護って」

「……はい、兄さん。どうかご無事で」


 悲壮なスズハの返事を聞いて、フリーズしていた二人が再起動したらしい。


「ま、待て! 彷徨える白髪吸血鬼というのはアレか、か!? 数年から数十年に一度、完全ランダムで世界のどこかに出現し、そこで目にしたものを皆殺しにするという、あの!?」

「そうです」

「そ、それならボクたちだって戦うよ! あの悪夢のバケモノを相手に、スズハ兄一人だなんて無茶すぎる! コイツ一人で大国が滅んだ伝承だっていくらでも残ってるんだよ!?」

「だからこそですよ。──このバケモノと戦うとなれば、ぼくに他人を護る余裕なんて無い」


 二人がひゅっと息を呑む声が聞こえた。


「なに、上手くやってみせますよ。ぼくはもちろん、スズハもユズリハさんも、トーコさんだって絶対に殺させやしません。だから任せて」


 もちろん本当はそんな自信は無い。

 あまりにも恐ろしすぎて、今にも膝から崩れ落ちそうだ。

 だれかが保証してくれるのならば、すがってでも何とかなるって保証してほしい。


 ──けれど。

 ぼくの背中で、妹が、女の子が。

 恐怖に震えて、それでも必死に耐えているのなら。


 ぼくのなすべき事はただ一つ。

 どんな虚勢を張ってでも、たとえそれが偽りでも。

 偉そうに胸を張れ。

 そうしてみんなを安心させるんだ──!


「スズハ、後は任せた」


 そう言い捨てて、ぼくは彷徨える白髪吸血鬼に向かって突進した。

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