第17話 絶対に無礼るな(トーコ視点)
「なるほど。だからスズハ兄を、ボクに紹介したってわけだ」
「理解できたか?」
「そりゃねえ。この国の貴族って、基本アホか強欲しかいないもん。もちろんボクやユズリハみたいな、ごく少数の例外を除いてね」
「そういうことだ」
トーコも言われてなるほどと納得する。
今ここにいる三人は、この国における劇薬だ。
用法用量を守って正しく使えば、この国はあと数百年は安泰だろう。
けれど使い方を間違えれば、即座に国は崩壊する。
「ねえユズリハ。──ボクはどう動くべきだと思う?」
「トーコが思うままに動けばいい。基本的にあの兄妹はいい人だし、トーコは愚かでは無いからな。ただ一つだけ約束しろ」
「なにをさ?」
「スズハくんの兄上を──あの二人を、絶対に
そんなことしない、と反論しようとした途中で止まった。
ユズリハの表情が、今まで見たことがないほど真剣だったから。
「トーコが交渉に失敗して、スズハくんとその兄上に愛想を尽かされるのは別に構わない。その時は我が公爵家がスズハくん兄妹を全力で取り込んで、たとえわたし自身が女王になってでも、この国を続かせるさ。もちろんそれは望まない未来だが」
「……」
「しかし、王女であるトーコが無礼な真似をして、あの二人が貴族やこの国そのものに愛想を尽かしてしまえば、彼らは国外に流出する可能性がある。そちらの方が極めてマズい」
「そ、そんなの絶対ダメだよっ!? あの二人に出て行かれて、もし敵対でもされたら……!」
「そういうことだ」
ユズリハが観察するに、妹のスズハは兄の意志に全面的に乗っかるだろう。
そして兄の方は、貴族というものはそれなりに横暴だと思っているフシがある。
どうでもいい貴族、面識の無い貴族などから平民扱いを受ける程度ならセーフだろう。
ただし。
仲が良くなったと思っていた貴族が、自分たちという平民に対して手のひらを返したり、横暴な面を見せたら。
もしくは平民とみて、
あの兄妹は、あっさり国ごと見捨てたっておかしくはない。
「うーっ……!」
トーコが髪の毛ををかきむしっている。
それが子供の頃からの、本気で困ったときのクセだとユズリハは知っていた。
「トーコはなにを困っている? 自分が次代の女王になれる、空前絶後のチャンスがやって来たんだぞ?」
「そ、それはそうだけど、そうだけどっ! ボクが一歩間違えたら国が崩壊なんて、そんなのプレッシャー過ぎるよっ!!」
「安心しろ。あの二人は能力こそ信じられないほど優秀だが妹はただのブラコン、兄は自分の能力の凄まじさに微塵も気付いていないニブチンだ。上手く扱おうとすれば危険な綱渡りだが、誠意を持って接していれば恐れることなどない」
「じゃあなんで、あんな脅すようなこと言ったんだよう!?」
「それだけ大事な忠告だからだ。必要なことだろう?」
「そ、それはそうかもだけど……ううっ……」
それから暫く髪の毛を掻きむしっていたトーコだけれど、やがて手を止めると深々と溜息を吐いた。
「……そっかー。ボク、近い将来女王になるのかー。そっかー」
「まだ決まったわけじゃないぞ」
「んなこと言ってもさー。ユズリハだってそのつもりだからこそ、スズハ兄をボクに紹介したんでしょ? まあ今の王族の中で、平民のスズハ兄を差別しなさそうな人間なんてボクしかいないしねー」
「まあそういうことだ」
「他の貴族には、まだお披露目してないの?」
「ああ。大抵の貴族はバカか権力欲が過剰か、もしくはその両方だからな」
「でもそうでないのも少しはいるじゃん。公爵家子飼いの貴族から選んで、スズハ兄を紹介すれば?」
「……それはそうなんだが、な……」
「あー、なるほどね……」
ユズリハらしくない歯切れの悪い態度に、なんとなく察してしまった。
ユズリハがスズハ兄を紹介すべき、つまり聡明な相手であればあるほど、縁故を結んででも取り込みたいと思うに違いない。それが貴族というものだ。
その中には平民であるスズハ兄を婿に、もしくは嫁をという話を切り出す聡い当主、もしくは自分と結婚させろなどと言い出す娘だっているだろう。
なにしろ相手は平民だ、そんな申し出も公爵家からスズハ兄を奪うような形には見られない。少なくとも貴族社会的には。
むしろ、公爵家のために優秀な平民を迎え入れたとして賞賛されるのが常なのだ。
けれど。
たとえ平民とはいえ、あれほどの能力を持った兄妹を公爵家が自ら取り込みたいと思わないはずもないわけで──
「ふーん。つまりそういうことかー」
自分が最初に紹介されたのは、王族は庶民と結婚できないから。
そのことに気付いたトーコは、完全に腑に落ちたのだった。
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