第16話 本人だけは最後までただの山賊だって信じてた(トーコ視点)

 とある深夜、山の洞窟で二人の兄妹が眠っていた。


 リラックスした様子で仰向けに寝転がっている青年は、ピクリとも動かない。

 そして青年の放り出した右手に抱きつくように、少女が幸せそうな顔で寝息を立てていた。

 恐ろしいほどに可愛らしい美少女だった。

 それでいて、まだ十代の半ばである少女の乳房は規格外に大きい。

 少女はその過剰発育にもほどがある乳房を、青年の腕に擦りつけながら、小さな寝言を呟いていた──


「……兄さん、お鮨も天ぷらも飽きたんですか? 仕方ありませんね、ではわたしが、東方に伝わる伝説の料理……その名も女体盛りを……くふふふっ……」


 そんな洞窟の外では、二人の少女が見張り番として立っていた。

 言うまでもなくユズリハとトーコである。


「……さて。トーコは、スズハくんの兄上をどう見る? 欲しいだろう?」


 ユズリハの直球すぎる質問に、トーコは大げさに肩をすくめた。


「欲しいに決まってるでしょ? 山賊とかなんとか言って退治させた奴ら、あれみーんな、いろんな国の上級騎士どもじゃん。ユズリハを暗殺するために各国が送り込んだ精鋭どもを、スズハ兄ったらたった一人で纏めてぶち倒しちゃったんだから」

「しかもスズハくんの兄上が、まったく気付かなかったのが笑えるな」

「本人だけは最後までただの山賊だって信じてたからねー」

「スズハくんの兄上ほど強くなると、山賊も上級騎士も等しくザコというわけだ。ドラゴンの前ではネズミもネコも変わらないというやつか」

「そういうこと。まあアレだよ、スズハ兄を取り込みたいと思わない貴族がいるなら、その一族は即刻滅亡すべきじゃないかな?」

「だがスズハくんの兄上は、我が公爵家のお手つきだ。どうだ悔しいだろう」

「まったく……今回ほど、ボクは自分の出自を嘆いたことは無かったよ」

「王族は平民と婚姻できないからな」


 トーコは現国王の長女、つまり直系王族ど真ん中である。

 魔道士としての能力に優れ、エルフ顔負けに美しい上スタイルも恐ろしく男好きするトーコは、それ故に二人の兄から疎んじられた。

 そうして今は王立最強騎士女学園理事長という、名誉はあるが閑職に追いやられている。

 少なくとも二人の兄はそう思っていた。


「……まあ、あのバカ兄どもなら、庶民なぞいらんとか寝言を抜かすかも知れないけどねー?」

「いくらなんでも、そこまで阿呆ではあるまい」

「いやいやそんなことないって。──なにしろ、今をときめくユズリハが生徒会長やってる王立最強騎士女学園の理事長ポストが、未だに閑職だなんて固定観念で凝り固まってる大バカ者どもなんだからね?」

「まあ、あの王子二人がクルクルパーなのは否定しないが……」


 トーコは改めて現在の状況を分析する。

 自分とユズリハ、スズハ、そしてスズハ兄。

 この単体でもチート級に強い四人が力を合わせれば、とてつもなく大きな軍事力となる。

 つまりそれは、諦めていたハズのトーコ女王誕生の可能性に大きく近づいたということで。


「……でさ。ユズリハは、いったいどういうつもり?」

「どういうつもりとは?」

「とぼけたって無駄。スズハはともかくとしても、スズハ兄をボクに紹介した理由を聞いてるんだよ。なにが欲しいのさ?」


 気を許しあった幼馴染みだからこその、貴族的でない物言い。

 幼い頃、まだ武勲を立てる前のユズリハは、変わり者の公爵令嬢として王族たちには受けが悪く、同じく不遇だったトーコとだけ遊んだものだった。

 その頃からの友情は今も続いている。


「知れたこと。国を護るためだ、それが公爵家の存在意義だからな」

「……国を?」

「スズハくんとその兄上ほどの実力があれば、絶対に壮絶な奪い合いが起こる。そして二人にはそれに対抗する権力など無い」

「待って、二人の後ろ盾は公爵家が全面的に立つんじゃないの?」

「もちろんそうだが、それはそれで問題でな。あの二人に加えて、さらにわたしがいるとなると──」

「いるとどうなるのよ?」

「王家を軽く超える過剰戦力、と捉えられかねん」

「……それはさすがに、ちょーっと言いすぎじゃない?」


 苦笑するトーコ。

 けれどユズリハは真剣な表情のままで、


「今はまだそうかもしれんが、な」

「今は、って……?」

「これから先、わたしとスズハくんは二人で、死の戦闘訓練を繰り返すことになるだろう。そこにはもちろんスズハくんの兄上がいて、的確な指導と極めて極上のマッサージが毎回ついてくる。──それをあと最短で一年、恐らく三年。どんなに長くとも五年も続ければ──」

「どこの誰が見ても文句なしに、たった三人で、この国を簡単に滅ぼす戦力になる、か。なるほどね……」

「だがそれは、わたしが望む未来とは違う」


 トーコも頷く。

 現状や王子に不満があっても、根底には国を護ろうとする強い意志がある。

 それが貴族というものだ、と二人は当然のように思っていた。

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