第15話 敵軍の三つや四つ壊滅させてきたような風格
険しい山の中を、数十人の新入生と教官たちが歩いている。
けれど、ぼくたちはその中にいない。
なぜならば、ぼくたちの役割は『新入生たちの試験がキチンとできるよう、影から見守ること』だからだ──
「……しかし今年の新入生も、揃いも揃って出来がよくないみたいだね?」
ぼくの肩に乗りっぱなしのトーコさんが、遠くに見える新入生たちを眺めながら苦言を呈すると。
「そう言うな。トーコはわたしやスズハくんを基準にするから悪いんだ、普通に新兵のお嬢ちゃんだと考えればあんなもんさ。なあスズハくん?」
「あの、わたしもピチピチの新入生なんですが?」
「スズハくんが? 嘘を言うな、もう既に敵軍の三つや四つ壊滅させてきたような風格じゃないか。年齢を偽って入学した疑惑さえあるぞ?」
「兄さんこの人たち酷いです。成敗してください」
「できないよそんなの!?」
とはいえスズハも公爵令嬢のユズリハさんと軽口が叩けるほど仲がいいなんて、兄としては安心だ。
ていうか貴族二人を相手に物怖じしない我が妹、ちょっと凄い。
「──ところでトーコさん、ぼくずっと気になってたんですが」
「んー? なんだいスズハ兄?」
「ぼくは部外者だからいいんですけど、スズハはあの中にいて試験を受けなくていいのかと」
純粋に疑問である。
生徒会長かつ大貴族であるユズリハさん直々に別行動を命じられている以上、試験欠席で赤点留年なんてことは無いだろうけど、それでも念のため確認しておきたいところだ。
ぼくの質問に、肩車されているトーコさんが苦笑した。
「そこは心配ないよ。だって試験を受けさせた方が、とんでもないことになるんだからね?」
「とんでもないこと……?」
「例えばさ。スズハが単身ゴブリンの巣に突入したとして、全滅させるまでどれくらい時間が掛かると思う?」
トーコさんの質問に、ぼくはううむと考えて。
「……普通のゴブリンキングが頂点の集団で、100体程度なら10分あれば。もっと多くてオーガなんかも混じってたら、30分以上はかかるでしょうね」
「うんうん、ボクもそれくらいだと思う。──で、あの新入生たちが同じ事をやったら?」
首を捻る。遠くから見てるだけだと、全然強そうに見えないんだよな……
「ええっと……?」
「答えは全滅。ちなみに単独じゃなくて、教官除いた新入生みんなで突入しても全滅だねー」
「へ?」
思わず間抜けな声が出る。だって。
「……それじゃあ、一般人と変わらないじゃないですか?」
「まあ新入生なんて、普通はそんなものなんだよ。気にしちゃだめ」
「は、はい」
「スズハが混じって試験を受けたら、一人で皆殺しにしちゃうから試験にならないでしょ? だからスズハは試験免除で、お手伝い要員をしてもらってるわけ。ついでにスズハ兄もね」
「なるほど」
「ユズリハの名前が売れ過ぎちゃって、ウチの学園の試験を妨害しようとするバカが増えちゃってもう……あ、言ってる側からバカ発見」
トーコさんが遠くの右斜め先を薄く睨む。
どうやら問題を発見したようだ。
「山賊、およそ20人。間違いなく生徒たちを待ち伏せてるねー、ねえユズリハ?」
「どれどれ、ふむ…………よし。スズハくんの兄上、出番だぞ」
「は、はい!」
「キミはこれからちょちょいっと先回りして、山賊どもを殲滅してきてくれ」
「えええっ!?」
「なんだ、できないのか?」
「まあそれくらいなら……多分できると思いますけど」
これでも王都に出てくる前は、村を襲ってきた蛮族どもを返り討ちにしたこともある。
山賊が騎士崩れでもない限り、それなりに戦える自信はあるのだ。
それに以前の戦闘訓練で、ユズリハさんはぼくの技量を知っている。
だからこそ指名したのだろう。
少なくとも肩車要員として呼ばれたわけではないようで、内心ホッとした。
「ではスズハくんの兄上、申し訳ないが駆除を頼んだ。わたしたちも向かいたいところだが、他にも生徒たちを襲う連中がいるかもしれないからな」
「了解しました」
「もし少しでも危険を感じたら、即座に逃げてきてくれ。生徒たちには気付かれないほうが好ましい。山賊の生死は問わないが、できれば尋問できるように生かしておいてくれたほうが都合がいい。回収部隊は別にいるから、キミが尋問や戦利品回収などをする必要はない。なので全員戦闘不能にしたらすぐ戻ってきてくれ。質問は?」
「ありません」
「あ、あのっ! わたしも兄さんと一緒に行っていいでしょうか!?」
「構わないぞ。存分に兄上を護ってやりたまえ」
「はいっ!」
スズハが鼻息も荒く頷いた。
滅茶苦茶気合が入ってるのが分かる。
兄であるぼくの前で、成長した姿を実戦で見せたいのかもしれない。
「では行ってきます」
「ああ。気をつけて」
そうしてぼくは、スズハと一緒に山賊狩りに出た。
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