第122話 鮨ざんまい

 サクラギ公爵領に入ってからというもの。

 各地の街でことごとく、ユズリハさんが歓迎の嵐を受けて。

 いい加減うんざりしてきた頃、ようやくサクラギ公爵領の領都まで来た。


 街の中心に建つ巨大な宮殿こそ、サクラギ公爵本邸である。

 ユズリハさんが帰るという情報は、とっくに知られていたようで。

 ぼくたちが本邸に着いたときにはもうすでに正門は開かれていて、公爵家の家宰さんがうやうやしく最敬礼していた。


 しかも門から奥の方へ続く道の左右には使用人たちがずらりと並んで、こちらも揃って深々と頭を下げているのだ。

 ちなみに家宰というのは屋敷の執事やメイドを束ねる、使用人の頂点を指すのだとか。

 ユズリハさんに聞いた。


「ユズリハお嬢様、ようこそお帰りなさいました」

「おいセバスチャン、スズハくんの兄上の前だぞ。もう『お嬢様』は止めてくれ」

「失礼いたしました。お客様もようこそおいでなさいました」


 そう語りかけてきた家宰さんは、オールバックの白髪とチョビ髭が大変似合う、まさにダンディそのものの白髪紳士で。

 これが歴史ある公爵家の家宰かあ……なんて感心したのだった。

 いや間違いなく、普通の貴族よりも貫禄あるよ。絶対。


 ****


 案内された応接間は、公爵家本邸というイメージよりは大分こぢんまりしたものだった。

 ちなみにローエングリン城の応接間なんかはいかにも豪奢で広々としていて、数百人の賓客でもどんとこいみたいな感じである。

 装飾品も先代辺境伯のころから代えてはなくて、ぼくなんかはちょっとギラギラしすぎじゃないかと思うこともあるけれど。


 一方で公爵家本邸の応接間は、広さ的にはそれほどでもない。

 調度品なんかも目立たずシンプル、でもよく観察してみると上質な素材や繊細な細工が施されているといった感じで、嫌味がなくて好感が持てる。

 なんというかね、部屋全体が暖かくお客を迎えようとしている、そんな心遣いが伝わるとても良い部屋だと思うのだ。


「どうだキミ、この部屋は気に入ったか?」

「はい。とっても」


 ローエングリン城とは随分違うといった感想を話すと、


「先代のローエングリン辺境伯は悪趣味な男だったからな。落ち着いたら、城の美術品も入れ替えるといい──しかしキミはやはり見る目があるな」

「はい?」

「この応接間はな、特別に親しい客を迎えた時にしか使わないんだ」

「……へ?」

「キミの言うとおり、ここは公爵家の本邸だ。それこそ千人がパーティーできる大広間も、王族が長期間滞在できる貴賓室も、要人を招いた時に使う会議室だって完備してる」

「はあ」


 そしてユズリハさんがドヤ顔で、


「それら全ての部屋の中で、この部屋は飛び抜けてこぢんまりとして、飛び抜けて調度がシンプルで、その代わり飛び抜けて質が高いんだ──見た目の豪華さに惑わされるような愚か者は、決して招き入れられることはないから」

「えっ」

「使う頻度だって極端に少ないんだ。なにせこの応接間に招き入れるのは、我が公爵家が家族同然に親しい──もしくは絶対に親しくなりたいと熱望する相手だけなのだからな。王族ですら、トーコの前に招き入れたのは先々代の国王まで遡るはずだ」

「そんな部屋に、ぼくなんかが入っていいんですか……?」

「当たり前だ。この部屋に貴族を招き入れることは、サクラギ公爵家がその者を全面的に支持すると表明したも同然だが、そもそもキミを後見することはとっくに喧伝している。それに忘れているかもしれないが、キミはわたしの命の恩人だぞ? その相手に対して、最上級のもてなしをできない貴族など犬畜生にも劣るな」

「そんなこと気にしなくていいですよ!?」

「キミはそう言うだろうが、こちらの気持ちの問題だ。諦めてもてなされてくれ」


 そう言われてしまえば返す言葉もない。


「……ではすみません、お言葉に甘えさせてもらいます」

「うむ。そうするといい」


 ぼくがお礼を言うと、ユズリハさんが嬉しそうに顔をほころばせて頷いた。

 やっぱりユズリハさんは男前だな、なんて思っていると。


「うにゅ!」

「どうしたの、うにゅ子?」

「うにゅ! うにゅ!」


 後ろに控えるメイドのカナデの頭上に乗っかっているうにゅ子が、身振り手振りで何か伝えようとしてくる──んだけどよく分からない。


「それは重要。かくにんの必要がある」


 カナデがうにゅ子の言葉に返答した。内容が理解できているらしい。


「カナデ、なんて言ってるの?」

「うにゅ子はこう言っている。つまり──夕食は期待していいかと」

「そこ!?」

「とても重要なこと。カナデもきになる」

「兄さん。わたしも気になります」

「……えっと。本当にすみません、ユズリハさん」

「はは、いいんだ。言っただろう? この部屋に通されている以上、遠慮なんて不要だ。それにウチの使用人は優秀だからな、きっとご馳走を用意しているさ」

「うにゅー!」

「兄さん、わたし海鮮系が希望です」

「カナデも。ずっと山を歩いてきたから、おいしい海の魚がよき」

「……ユズリハさん、本当にすみません。ローエングリン辺境伯領に帰ったら、二人にはきっちり言い聞かせておきますので……!」

「そ、そうか……? わたしは全く気にしないが、まあ手加減してやってくれ……」


 帰ったら一ヶ月、二人ともコンニャク祭り。

 そう心に決めたぼくだった。


 ****


 ──ちなみにその日の夕食はぼくらの予想を裏切って。

 そして、期待を遙かに超えたものだった。


「旦那様より、辺境伯のお食事の好みは伺っておりますので」


 そう言って家宰さんが案内してくれた、数百人が一度に会食できる大ホール。

 そこにある全ての机の上に、隙間なく並んでいるのは──中身が詰まった寿司桶で。

 前にいた家宰さんがぼくらの方へ振り返ると、食堂にいたメイドさんたちがその後ろに綺麗に並んで。


「──鮨ざんまいでございます」


 家宰さんがぱん、と手を打って広げると同時に、一斉に揃ってカーテシーを披露した。


『…………!!』


 スズハたちが、声にならない喜びで打ち震えているのを横目で見ながら。

 公爵家というのは使用人も含めて本当に凄いなあ、なんて改めて思ったのだった。






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パンッ!⊂( ・ω・)⊃すしざんまい!

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