第123話 よほど重要な客人でなければ立ち入らせないんだぞ?
当然のことながら、ぼく以外のスズハとカナデとうにゅ子は死ぬほど食べた。
いや本当に、もはや人間の限界に挑戦したんじゃないかってくらいの食べっぷりだった。
それこそ体力の限界、真っ白な灰になるまで食べた。
というわけで、三人は公爵家の使用人さんたちによって寝室に運ばれている。
今ごろは膨れたお腹を出して寝ていることだろう。
……いやぼくだって、もちろん一緒に限界まで食べたかったけれど。
今回も、目の前のユズリハさんを無視して鮨を食べまくるわけにいかなかったぼくは、涙を呑んで食べる量をセーブしたのだった。
そして、約三名があばれ食いをしたせいで、長机に敷き詰められていた寿司桶の中身もほどよい頃合いで全部カラになってしまい。
食後のお茶でもどうだろう、という極めて貴族っぽいお誘いをユズリハさんから受けて、ぼくとユズリハさんはコーヒールームに場所を移したのだった。
****
ちなみにコーヒールームはその名の通りコーヒーを嗜むための専用部屋のことであり、そんなものまである公爵邸はいったい全部でどれだけ部屋があるのだろうかと震撼する。
なおこの横はビリヤードルームらしい。
もうね、どんだけかと。
「どの部屋にしようか迷ったんだが」
ユズリハさんが手ずからコーヒーを淹れながら、
「一般的には鮨の後には熱い緑茶が似合うけれど、たまには違う雰囲気で話すのもいいと思ったんだ。なにしろローエングリン城で、キミには毎日熱いお茶を淹れてもらったから。女のわたしがキミより淹れるのが下手では格好が付かないだろう?」
「そんなことありませんよ」
「まあそんなわけで、我が邸自慢のコーヒールームに招待したというわけさ。この部屋もさっきの応接間ほどじゃあないが、よほど重要な客人でなければ立ち入らせないんだぞ? なにしろ初代サクラギ公爵が一番のお気に入りだった部屋を、莫大な金を掛けて無理矢理移築してるんだからな」
「そうなんですね」
初代サクラギ公爵がどれくらい前の人かは知らないけれど、ユズリハさんの口ぶりだときっとこの部屋は文化財級の芸術品に違いない。
せっかくだからよく見ておこう。
「さて、やっと二人きりになれたな」
「本当にすみません、ホントあの三人にはきつく言っておきますから、せめて厳罰だけは勘弁してやっていただけませんか──!」
「いやいや、なにを流れるように土下座してるんだキミは!? 頭を上げてくれ!」
「先ほどの件も含めて、一度きっちり謝罪しておこうかと」
「まったく。さっきも言ったろう、わたしは一つも気にしていないって。あんな鮨なんかいくら食べられたって我が公爵家の懐はまったく痛まないんだからな。それにわたしは嬉しかったんだぞ?」
「嬉しかった、ですか?」
「そうだぞ。スズハくんたちがダウンしてしまえば、わたしがキミを独り占めできる──ではなく、たまには差し向かいでキミと語り合いたいからな」
それからぼくたちは、色々な話をした。
王家やトーコさんのこと、ローエングリン辺境伯領のこと、ユズリハさんの父親であるサクラギ公爵のこと。
そのうち話題は、今いるサクラギ公爵本邸のことに移って。
「──でも、このお屋敷は本当に素敵ですよね」
「そう思うか?」
「もちろん建物も食事も最高ですけど、なにより働いている方が本当にいい人ばかりで。みなさん笑顔が素敵で、仕事も素早く正確で、スズハが食べ過ぎで倒れたりしても完璧にフォローしてくれましたし」
「ふふ、ありがとう。他ならぬキミに使用人を褒められると、なんだかこそばゆくなるな。家宰のセバスチャンを筆頭に、我が公爵家の自慢なんだ」
「家宰ですか」
「家宰は大事だぞ? なんといっても使用人の要であり纏め役だからな」
「ううん……ウチでも雇った方がいいですかね?」
「難しいところだな。家宰は大事だからこそ、下手な人間を雇うとロクな事にならない。家宰は当主に代わって領地経営をする場合もあるが、そうした結果家宰が長年にわたって不正蓄財をしたなんて話は日常茶飯事、家宰の統治が拙くて反乱が起きたり、酷いのだと領地ごと敵国に寝返られたなんて話もある」
「うわあ……」
「そこまで行かなくても、家宰は他の使用人の採用や教育もするからな。家宰が優秀なら使用人も優秀だし、逆もまたしかりだ」
「つまりサクラギ公爵家の家宰のセバスチャンさんは、凄く優秀ということですね」
そう褒めると、なぜかユズリハさんがなんともいえない苦い顔になった。
なんというか、事実だけど素直に認めたくないというような。
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