第124話 暇つぶしとして、多少の運動などしていただこうかと
「えっと、ユズリハさん……?」
「ああすまない。──セバスチャンはたしかに滅茶苦茶優秀なうえ仕事も熱心なんだが、どうにもならない悪癖があってな」
「悪癖?」
「仕事を他人に振りまくるんだ。それも部下だけじゃないぞ、使えるものなら当主以外はなんでも使う。実際、八年前に当時十歳だったわたしを軍隊に放り込んだのはあいつだ。このままでは戦争に負けるとかなんとか言ってな」
「マジですか……」
「結果わたしはなんとか生き延びて、この国は今なお続いている。つまりセバスチャンはある意味救国の英雄だ。キミの場合と違って、腹立たしいことこの上ない」
「ふええ……」
「キミも気をつけてくれ。セバスチャンは父上以外は、本当にこき使うんだ。もしキミが仕事を頼まれても、全力で突っぱねていいんだからな? ──ほら、おいでなすった」
ユズリハさんが呟いた直後、控えめなノックの音が部屋に響いた。
「お楽しみのところ失礼いたします」
「セバスチャン、何の用事だ?」
「辺境伯に、お連れ様の様子のご報告を」
そう言って入ってきた家宰さんから、スズハたちがぐっすりおねむだと教えてもらった。
このまま朝まで寝かせるつもりだとか。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「いえいえ、とんでもございません。用意させていただいたわたくしどもも、嬉しくなる食べっぷりで思わず笑顔になってしまいました」
「そう言っていただけて助かります」
「ところで、辺境伯が大変お強いという噂はかねがね──」
「おい、スズハくんの兄上はわたしの大切な客人だ。こき使おうなどと許さんぞ?」
「とんでもありません。ですがお嬢様が帰るのが突然だったので、情報収集に出した者が帰ってくるまでにまだ少々時間がかかります。その間、辺境伯には暇つぶしとして、多少の運動などしていただこうかと」
「あ、はい」
ぼくの言葉に頷いて、家宰さんがコーヒーテーブルの上に地図を広げる。
「こちらがサクラギ公爵領の領内図。点を打ってあるところが現在、盗賊や魔獣の対処が必要な地点になります」
なるほど。
つまりぼくに、盗賊や魔獣を退治して来てくれということだね。
「ちょっと待てセバスチャン! 情報が集まるまでの時間、スズハくんの兄上はわたしと混浴温泉に行ってキャッキャウフフする予定がっ……!?」
「そちらは終わってから行ってください。──お嬢様がどこぞの将来度抜群辺境伯の元へ押し掛けてさっぱり里帰りされないせいで、お嬢様に討伐していただく予定だった盗賊や魔獣どもが溜まりまくっているのでございます」
「ううっ。それを言われると弱い……」
「討伐が必要な地点は、全部で八十八箇所ございます」
「規模はどんな感じですか?」
「盗賊は数十人から多くても百人程度。魔獣のほうは単体ですがコカトリスやフェンリル、クラーケンなどが報告されております」
魔獣はみんなぼくの知っている種類だった。
コカトリスとは巨大なニワトリのような魔獣で、フェンリルは巨大なオオカミのこと、クラーケンとはつまり巨大なイカである。
みんなそれなりに強いけど、オーガのように群れたりしないので討伐は大変じゃない。
あとどれも大変美味しい。
ずっと昔に食べたきりだけど、クラーケンのイカ刺しとか最高だったなあ……じゅるり。
「いかがでしょうか? できましたらローエングリン辺境伯、この中から二点から三点、討伐していただけますと大変助かり──」
「全部やります!」
「「ファッ!?」」
なぜかユズリハさんと家宰さんがびっくりしている。
でもここで引いたらいけない。
ぼくは美味しい魔獣を食べたい──そんな欲望なんて無いかのように、あくまで善意で討伐を申し出るのだから!
討伐した後のお肉は、もったいないから
魔獣のお肉は貯蔵が難しいし、その場で食べるのが一番だから、し、仕方ないよね!
ぼくの漢気溢れる申し出に気圧されたのか、家宰さんが慌てた様子で、
「で、ですが、相手はコカトリスやフェンリルですぞ……?」
「分かってます。みんな凄く美味しい──じゃなくて、対処法を間違えれば命さえ危険な強敵です。でもだからこそ、ここはぼくが退治しないと!」
「そ、そう……ですか……? しかし、無理をされる必要は……?」
「いいえ! ユズリハさんにはずっとお世話になりっぱなしですからね、ここで公爵家のみなさんに恩返しをしておかないと!」
「そ、それでは……よろしくお願いします……?」
というわけで。
目を白黒させる家宰さんから、まんまと全地点の討伐依頼をゲットしたのだった。
いやあ、人助けって本当にいいものですね。
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