第43話 妹の誕生日プレゼント
最近、野菜が高くなった。
戦争の気配が強くなると、王都のものはなんでも高くなる。一番は野菜で二番目が魚。
困ったもんだと頭を掻いた。このままじゃ予算オーバーだ。
「戦争かあ……」
サクラギ公爵家にて予告された数日後、王家と軍部はこれまでにない大規模な遠征計画を発表した。
隣国に対する侵略戦争。
ちなみに隣国というのは、ぼくたちがアマゾネスと共同戦線を張ったサリンドーアマン帝国とは別の、南西に広がるウエンタス公国で。
豊富な食料生産を背景に富と軍事力を蓄える、大陸一の国家だと言われている。
帰宅して予定より一ランクダウンした夕食を準備していると、スズハがユズリハさんを連れて帰ってきた。
「やあスズハくんの兄上、お邪魔するよ」
「いらっしゃいませ。ユズリハさんも夕飯食べますか?」
「いただこう」
ユズリハさんは神出鬼没なので、最近我が家では夕食の材料を買うとき材料を三人分買うことにしている。
一度だけユズリハさんの分が用意できなかった時、すごく悲しそうな顔をされてしまったのだ。
「ところでスズハくんの兄上、今日の晩ご飯はなにかな?」
「秋刀魚一匹と油揚げですよ」
「ううむ秋刀魚か……それはなかなか魅力的だが……」
「兄さん。運動後のわたしたちには、少しばかり量が足りないのでは?」
「なら豚汁もつけようか」
「「わあぃ」」
スズハと一緒になって喜ぶユズリハさんは、とても公爵令嬢には見えない。
****
夕食を平らげてからユズリハさんが帰るまでの間、二人がぼくに今日あったことを話してくる。これもまたいつものことだ。
「兄さん、学園ももう戦争一色です」
「ひょっとしてスズハたちも遠征するの?」
「いえ、わたしとユズリハさんは学園に残ります。ですが、それ以外の殆どの生徒は遠征組ですね」
王家によって大々的な遠征計画が発表されたのは、サクラギ公爵家の当主から内々に話を聞いてからわずか五日後のことだった。
我が国から見てオーガの大樹海と反対側に位置する西方の隣国、ウエンタス公国への大遠征計画。
王家は『祖先が奪われた土地を取り戻すための聖戦である』とかなんとか言ってるけど、実際は単なる侵略戦争であることを誰もが知っている。
有史以来、全ての侵略戦争は自衛戦争の名の下に行われたというのはユズリハさんの言葉だ。
「兄さん、少し失礼します」
スズハがトイレに立ってユズリハさんと二人になる。
この機会に、ぼくはここ最近の悩みを聞いてもらうことにした。
「ユズリハさん。スズハには内緒で、ちょっと相談があるんですが」
「なにっ、二人きりの秘密の相談か!? ななななんだ、なんでも言ってくれ!」
「ありがとうございます。もうすぐスズハの誕生日なんですけどね」
毎年スズハの誕生日には兄妹でささやかなパーティーをして、夕食にはスズハの好きな食べ物を並べる。そしてプレゼントを渡すのだけれど。
「去年までのスズハは強くなることしか興味のない剣バカだったので、それに関連するものをプレゼントすればよかったんですよ。新品の木刀とか鉄アレイとか」
「それは兄が妹に渡すプレゼントとして、かなり異質なような……?」
「ですがスズハも王立最強騎士女学園に入学しましたし、ぼくには言いませんが気になる男友達の一人もいるでしょう。兄のぼくが言うのもなんですが、スズハも客観的にかなり可愛く育ったと思うんですよね」
「まあ確かに、スズハくんの人気は凄まじいな。とはいえスズハくんは、隣接している騎士学園の男子などに声を掛けられても、そこに石ころがある程度の認識しかしていないと思うが? 毎日ラブレターを貰っているが返事をしたことなど一度も無いと言っていたし……」
「ひょっとしてぼくに内緒で、男と付き合ってるかも知れません」
「それだけは神に誓ってあり得ない」
なぜかユズリハさんに話の腰を折られまくられたけど、それはともかく。
「……なので今年は去年までと違って、普通に妹にあげるようなモノをプレゼントしたいんですが、ぼくにはどういうものがいいのか分からなくて。それでユズリハさんに相談しようと思いまして」
「ふむ。そういうことか……」
ユズリハさんが腕を組んでしばらく悩んだ後、なぜか顔を赤くして、
「そ、そういうことなら今度、二人でプレゼントを買いに行くか?」
「いえそんな。悪いですよ」
「そそそ、そんなことはない! わたしだってスズハくんにプレゼントを買いたいし──それにこれは、断じてデートなどではないのだから!」
その後、なんだか強引に押し切られた結果、二人でプレゼントを買いに行くことになった。
あんなに熱心にプレゼント選びを付き合ってくれようとするなんて、ユズリハさんは本当にいい人だなあ。
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